とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

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アーサー・ケストラーの人間欠陥論とエックハルト・トールの人間欠陥論

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-70.html において、僕は万物の霊長である人類が精神的に欠陥を持っていることについて書いた。

エックハルト・トールが言うには、ほとんどの人間の「ふつうの」精神状態には機能不全、もっと言えば狂気と呼べるような強力な要素が含まれている。

この機能不全をエックハルト・トールは「エゴ」という言葉で表している。

彼の著書「ニュー・アース」においてはかなりの部分がエゴに関する記述に割かれている。

この人類の機能不全を最初に見抜いたのは恐らくはブッダ(釈迦)と老子であった。彼らは「ふつうの人間存在」という集団的な悪夢から目覚めることができると指摘した。

エックハルト・トールは目下、人類が直面している危機は、科学技術の進展とそれに伴う地球生態系の破壊であるとされる。そして人類はいま、進化するか死滅するかという重大な選択を迫られている、と言う。

僕は昔、これと少し似た議論をしている本を読んだことがある。

それは、「ホロン革命」という本で著者はアーサー・ケストラーという人である。

アーサー・ケストラーは人間を欠陥生物であると主張している。ケストラーはエックハルト・トールと異なり、人間の脳の構造に問題がある、という生理的なポイントから「人類欠陥生物論」を展開している。

ケストラーによれば人間は魚類・爬虫類・下等哺乳類の脳を持っているが、理性を司る大脳皮質は、これら下等動物の脳を支配出来ず、逆に、支配されてしまうと指摘している。そのため、人間は本能的な欲望を大脳では抑えられず、思考の暴走を止められなくなってしまう(その暴走の最大級のものが世界大戦や核戦争である)。

また、大脳による思考により「自分の死の予想」を出来るようになったことと、下等な生物の脳にある死を恐れる本能のバランスが取れず、精神的に不安定になってしまい、これが人間の心を不安定にしていると指摘している。

ケストラーはこのように人間の精神は不安定であり、それが宗教や国家への無批判な服従をしてしまい、結果として戦争という悲劇を起こすのだと主張している。

ケストラーによれば、個人のエゴという自己主張傾向よりも集団への無批判な服従の方が人類にとって問題であるとする。

以上、エックハルト・トールとアーサー・ケストラーの人間欠陥論は、少しポイントが異なっており、エックハルト・トールがエゴによる環境破壊が人類を滅亡に導くとしているのに対し、アーサー・ケストラーは集団への無批判な服従が核戦争を引き起こして人類を滅亡に導くとする。

興味深いことは、エックハルト・トールもアーサー・ケストラーも共に神秘体験をしている点にある。エックハルト・トールは、「自分を見つめる別の次元の存在」を体験し、アーサー・ケストラーは「自分が消える」体験をした。

そして、エックハルト・トールは悟りによる人類の覚醒が人間の欠陥を乗り越える道であると主張し、アーサー・ケストラーは精神病の薬を人間に投与することで魚類・爬虫類・下等哺乳類の脳と、理性を司る大脳皮質とのバランスを取ることが解決策であると主張した。

そして、現在のところはエックハルト・トール、アーサー・ケストラーいずれの主張する人間の欠陥を乗り越える方法も実現の目処が立っていないのである。

結局、人間は核戦争か地球温暖化で滅びてしまうのだろうか?それとも、将来に何か人間の欠陥を乗り越える方法が見つかるのだろうか?それは「神のみぞ知る」ところなのであろう。

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CO2発生を1/10に抑える化石燃料の利用法について

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-69.html においては、エネルギー保存則があるにも関わらずエネルギー消費が起こってしまう理由を書いた。

その理由とは、燃焼の場合、化学エネルギーという質の高いエネルギーから熱エネルギーという質の低いエネルギーに変わったから「エネルギー消費」という概念が生じると説明した。そこで起こっていることは、エクセルギー(有効に仕事に変換できる部分)の損失である。

したがって、エクセルギー損失を出来るだけ低減する必要がある。エクセルギー・パワー・システムズ社https://www.ut-ec.co.jp/portfolio/exergy はこれを実現させるために設立された。

日本のエネルギーフローを見ると、エネルギーうち有効に使われているのは34%程度に過ぎず、残りの2/3は無駄に捨てられている。

燃料(化学エネルギー)はエクセルギー率が0.9~1.0と高く、これをエクセルギー率が低い熱エネルギーに変換する過程でエクセルギー損失が発生する。

本日はまず、堤敦司氏の提言する、物質生産におけるエクセルギー低減について述べる。

すべての化学プロセスは、吸熱反応と発熱反応の組み合わせである。

工業プロセスは通常、吸熱反応では、加熱炉など燃料を燃焼させることにより原料を加熱している。しかし、我々が気付かねばならないことは、本来ならば数千度以上の熱が取り出せる燃料をたかだか数百度の反応熱を供給するためにただ燃焼させている、ということである。

他方、発熱反応においては、装置コストと安全性を考えて出来る限り低温で行われてきた。多くの人はプロセスの低温化が省エネルギーであると考えているが、それは全くの誤りであり、発熱反応はできる限り高温で行い、発生した熱エネルギーを有効利用するのが正しい考えである。

本来、より高温の熱エネルギーが得られるものを低温でとり出すことにより大きなエクセルギー損失が発生するのである。

したがって、発熱反応は出来る限り高温で行い、取り出した熱を吸熱反応に供給し反応を進行させることによってエクセルギー損失を大幅に低減することが出来る。

工業プロセスには以上の考えを適用する事で大幅なエネルギー効率改善が可能になると考えられる。

次にエネルギー変換(発電)であるが、堤敦司氏はエネルギー再生による高効率発電を提言している。

堤敦司氏の提言する発電は、化石燃料による発電であるが、燃焼過程において低レベルの排熱をプロセスの上流へと循環させ、高エクセルギー率のエネルギーと混合し、これで発電する方法である。

このようなエネルギー再生の具体的方法は、以下のようなものがある。

(1)熱化学再生
 排熱を吸熱反応により化学エクセルギーに変換してリサイクルする

(2)熱再生
 排熱を熱交換して空気あるいは燃料の余熱に利用する。再生器付きタービンとしてすでに実用化がされている。

(3)スチーム再生あるいはCO2再生
 スチームおよびCO2は燃焼生成物であり、これを循環させることによって平衡をずらし燃焼におけるエクセルギー損失を低下させる

以上で説明したように、化石燃料による発電は、エネルギー再生によって、エクセルギー損失を大幅に低減することが出来る、と堤敦司氏は主張している。

こうした方法を採用することにより、CO2排出は1/10に減る、と考えられる。

なお、今回は文章で表現しているが、図にした方が分かりやすいかも知れないので、今後は図を示して解説することも検討したい。

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人間は欠陥生物なのか?

生物学では人類は霊長類として生物進化の最先端にある存在とされる。

霊長とは「霊妙な力を備えていて、他の中で最もすぐれているもの」を意味する。

英語において霊長類を意味する単語は「Primates」であり、その語源primeは「最高位」を意味する。

要するに我々人類は地球で最高の存在とされるのである。

しかし、その地球で最高の存在であるはずの人類は、古来より戦争つまり集団同士の殺し合いに明け暮れて来たのである。

そして、20世紀になると核兵器という人類を全滅出来る兵器を手にし、さらに21世紀になると地球温暖化という地球を壊滅させる現象を引き起こしつつのである。

これが、地球で最高の存在なのだあろうか?

人類以外の動物で、地球を壊滅させるような動物はいない。この点において、人類は他の動物より劣っている(狂っているとも表現出来る)と捉えることが出来るのではないだろうか。

人類は知的である。しかし、その知性は狂気を帯びている。

エックハルト・トールが言うには、ほとんどの人間の「ふつうの」精神状態には機能不全、もっと言えば狂気と呼べるような強力な要素が含まれている。

そして、科学技術は人類の精神につきまとう機能不全が地球に、他の生命体に、そして人類自身に及ぼす破壊的影響をさらに拡大してきた。だからその機能不全、集団的狂気は二十世紀の歴史で最もあらわになった。

この機能不全をエックハルト・トールは「エゴ」という言葉で表している。

人間はふつうの精神状態においてはエゴに支配されている。これは疑いのないことである。

しかし、僕が理解出来ないことは、なぜ神は人間にエゴを植え付けたのだろうか?ということである。神は何でも出来るのであるから、人類を機能不全の状態にしなくても良かったのではないか?なぜ神は人類をこのように矛盾した存在に作り上げたのだろうか?

他方、エックハルト・トールは人間の意識の根源的変化の可能性もある、と書いている。彼によれば、人類にとって最大の成果は芸術作品でも科学でも技術でもなく、「自らの機能不全」「狂気」を認識したことであるという。

この人類の機能不全を最初に見抜いたのは恐らくはブッダ(釈迦)と老子であった。彼らは「ふつうの人間存在」という集団的な悪夢から目覚めることができるのだよ」と指摘した。

この人たちは目覚めには必要不可欠だったが、世界の側の準備はまだできていなかった。だから彼らは同時代人に、そして後世の人々にも誤解された。彼らの教えは歪められ、間違って解釈され、場合によっては弟子たちに間違って記録された。

そうして結局、人類の機能不全を見抜いた人達の教えは歪められ、それ自身が狂気の一部となった。

しかし、エックハルト・トールによれば、既成宗教の外側で盛り上がってきたスピリチュアルな教えの影響に加え、古い東洋の知恵が流れ込んだ事も大きな力となって、伝統的な宗教の信者にも形や教義、硬直した信念体系へのこだわりを捨て、スピリチュアルな伝統に隠されていた深さや自分自身の深さを発見する増えてきたそうである。

人類はいま、進化するか死滅するかという重大な選択を迫られている。そして古いエゴの思考パターンの崩壊と新たな次元の意識の芽生えを体験している人々はまだ比較的少数であるものの、その数は急激に増加している、とエックハルト・トールは言う。

問題は「新たな次元の意識の芽生えを体験している人々」がこれからどの程度増えるか、そしてその人々が文明にどのような影響を及ぼすかである。

もし、エゴを克服し、新たな次元の意識の芽生えを体験する人は飛躍的に増えると、地球環境の危機は何とか回避されるのかもしれない。僕としては、その可能性に期待するしかない。

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エネルギー消費を1/10にする技術の概要

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-11.html の日記において、僕は「エネルギー消費を1/10にする技術」を紹介した。

その後、この技術がどういう理論に基づくものか、色々資料を読んできたのだが、今に至るまでその理論的基礎は完全には分かっていない。

そこで、本日はメモとしてこの技術が概ねどういうものかを書くことにする。

まず、この世には「エネルギー保存則」というものがある。これの意味するところは、エネルギーは使っても使っても絶対に減らないことを意味する。

他方、「エネルギー消費」という概念がある。これはエネルギーは使えばその分減るということを意味する。

上記の2つの概念(「エネルギー保存則」と「エネルギー消費」)は矛盾するように見える。

なぜ矛盾するかは、例えば発電の場合通常、化学エネルギーを燃焼させて熱エネルギーに変換して仕事を取り出しているが、その過程でエクセルギー(有効に仕事に変換できる部分)が低くなるからである。

つまり、燃焼の前後でエネルギーは保存されているが、化学エネルギーという質の高いエネルギーから熱エネルギーという質の低いエネルギーに変わったから「エネルギー消費」という概念が生じるのである。

そこで東京大学の堤敦司氏は「超燃焼技術」というエネルギー利用法を提案している。「燃焼」というエクセルギー損失の大きな過程を避ける、あるいは燃焼させてもエクセルギー損失が出来るだけ起こらない技術を用いることにより、エネルギーを有効利用しようというのである。

http://www.energy.iis.u-tokyo.ac.jp/tsutsumi/20100510.pdf に具体的な超燃焼技術の分類がある。

それによると、超燃焼技術大まかに「燃料を消費せずに熱を得る方法」「燃料を用いつつもエクセルギー損失を低減する方法」の2種類に分けられる。

まず、「燃料を消費せずに熱を得る方法」であるが、それには(1) 余剰熱源、未利用熱の利用 (2) 自己熱を再生し利用 (3) 発熱反応の反応熱を利用 がある。

(1) 「余剰熱源、未利用熱の利用」 は具体的にはヒートポンプ、(2) 「自己熱を再生し利用」には自己熱再生、(3) 発熱反応の反応熱を利用にはコプロダクションがある。

次に「燃料を用いつつもエクセルギー損失を低減する方法」には I) 燃焼によらない熱エネルギーへの変換 II) 燃焼におけるエクセルギー損失を低減する方法 がある。これらは、具体的にはI-1) 反応の自由エネルギー変化分を仕事として取り出す I-2) 燃料からよりエクセルギー率の高い化学品を合成 II-1) 反応場の濃度を制御 II-2) 排熱を回収し余熱に利用 II-3) 反応分割により水素リッチガスにして燃焼 II-4) 反応分割によるサイクル反応の利用 がある。

堤敦司氏は東京大学卒業生と共同で「エクセルギー・パワー・システムズ株式会社」というベンチャー企業を立ち上げており、現時点では「ハイブリッド水素電池」と「次世代水素製造システム」を開発、製造している。

エクセルギー・パワー・システムズ社は、今後、燃焼を行わないエネルギー変換技術を開発することを主目的としている。

今後は、堤敦司氏とエクセルギー・パワー・システムズ社についての情報を収集し、分かりやすく解説して行きたい。

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真に実在するのは何であるか

デカルトは方法論的懐疑によってあらゆるものを疑い、この世界すら仮想現実ではないかと仮定した。

もちろん、この世界は仮想現実ではなく、本当に存在するものかも知れない。しかし、この世界が本当に存在する世界なのか、仮想現実であるのか、我々に知る手段はない。

デカルトの場合、この世界が仮想現実であったとしても、唯一疑えないものは「疑っている自分がいる」という感覚だった。

しかし、エックハルト・トールによると、「疑っている自分がいる」というのは「第一義的な誤り」である。

エックハルト・トールは「自分が考えていることに気づいたとき、気づいている意識はその思考の一部ではない。別の次元の意識だ」というのが真理であると考える。

エックハルト・トールの説が本当ならば、この世に存在する疑い得ないものは何であるのか?

「自分が考えていることに気づく、その気づいている別の次元の意識」というのが、この世に存在する唯一疑い得ない存在ということになるのだろうか。

あるいは、エックハルト・トールは「この世界が仮想現実かも知れない」という想定は考慮せず、この世界が確実に存在することを前提に思考を進めているのだろうか(その場合、「真に実在するのは何であるか」という問いは生じない。全てが実在するのだから)。

僕個人の経験では、この世界が仮想現実であるか、本当にリアルな世界であるかについては、判断出来ない。どちらの可能性もあるというしか言いようがない。

また、僕個人の経験では「僕自身」が何者であるかは、全く分からない。

ただ、真に実在するのは「神」ではないか、と最近考え始めた。この世界が仮想現実であろうと、この世界が実在しようと、真の世界の根源は「神」と考えるのが最も僕自身の経験上、整合性のとれる考え方である。

エックハルト・トールは真に実在するのものが何であるのかは、明らかに書いていない但し、彼は「大いなる存在」「別の次元の意識」という表現を用いており、それらが神と何らかの関係があることは仄めかされている。

僕はもちろん、現在の世の中においては無神論の方が優勢であることを良く理解している。そして、「この世界は実在し、かつ神など居ない」というのが主流の考え方であることも理解している。

しかし、この世界が実在する場合、その究極の原因は何なのだろうか?物理学者はこの問いに答えるべく、素粒子物理学や宇宙論に取り組んできた。

その中でひとつ感覚的に理解出来ない物理学の分野が開拓されたのである。それが量子力学である。これだけは、普通の人間の感覚では全く理解不可能である。

そして、この量子力学的な考えを用いて我々の意識の正体を解明しようとする科学者が現れた。

こうした、素粒子物理学・宇宙論・量子力学を組み合わせて真に実在するのは何であるかを探究するのが科学的な考え方である。

しかし、僕の予想するに、どこかで神を持ち出さなければこの世の仕組み(例えば、生物の発生)を説明出来ない事態が将来、生じるだろう。

その時、存在の根源としての神の概念に再び戻らざるを得なくなると想像している。

なお、「この世はコンピューターの作り上げた仮想現実である」という見解もある。この場合、真に実在するものは何もなく、全てはコンピューターシミュレーションのようなものだという事になる。

この「コンピューターの作り上げた仮想現実」を取ると、神の概念は不要になるかも知れない。しかし、その場合「コンピューターを造ったのは何者か」という新たな問題が生じ、結局、やはり宇宙の究極的な存在の問題に行き付かざるを得ないと考えられるのである。

僕は幸運にも神を体験する機会を与えられた。このため、有神論から無神論に行き付き、また有神論に戻るという道草を食わずに済むことになった。この幸運に感謝し、「真に存在するのは何であるか」という問題を考え続けて行きたい。

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