とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

エベン・アレグザンダーの臨死体験について

僕は「客観的なスピリチュアリズムの例」としてパム・レイノルズの臨死体験を紹介しました。
(読んでいない方は、http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-5.htmlhttp://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-6.htmlをお読みください)

今回はあまりに有名な事例かも知れませんが、エベン・アレグザンダーの臨死体験をご紹介させて頂きます。

これは、この僕のブログを読むよりは、YouTube動画 → 【衝撃真実】死後の世界は100%存在した!【奇跡と感動】 を見て頂く方が説得力がありますよね。2017年4月3日時点で、既に300万回以上の視聴があります。

概要は以下の通りです。

(以下、引用 https://ja.wikipedia.org/wiki/臨死体験

(前略)
ハーバード大学の脳外科医であったエベン・アレグザンダーは、2008年に昏睡状態となっている間に臨死体験をした。体験後にエベンが自身の脳の状態を調べた結果、7日間の昏睡状態の間にエベンの脳の大部分は機能停止していた事が判明した。

特にエベンの大脳皮質は機能していなかったため、幻覚を見る事すらできない状態であった。エベンの臨死体験では鮮明かつ複雑な内容の映像も現れたため、「脳幹による幻覚説」でも説明がつかない。「一時的に機能が停止していた脳が意識を回復する際、それまでの古い記憶が支離滅裂に放出された」とする「脳の再起動説」も検討されたが、エベンは昏睡状態中の病室の様子を一部記憶していたため、この説も否定された。最も印象的な例は、エベンには一度も面識もなく顔も知らないまま他界した実の妹が存在したが、臨死体験中に対面した女性がこの妹であったという(エベンは臨死体験後に両親から渡された顔写真を見て、初めて実の妹の顔を確認した)。

このエベンのケースは、もともと臨死体験などに否定的であった著名な脳外科医が、臨死体験を経て、それが死後の世界への来訪であるとして肯定的な認識に転じた例として有名になった。
(後略)

(引用終わり)

パム・レイノルズの事例がほぼ「脳死」の状態だったことと比べ、このエベン・アレクザンダーの事例では脳死までには至っていないのですが、やはり「死後の世界」というものが存在するのではないか、という強い証拠になっています。

スピリチュアリズムの世界でも、このように可能な限り客観的なデータを積み上げて行けば、色々と分かってくる事があると思います。

さて、エベン・アレクザンダーの臨死体験ですが、面白いのはYouTube動画では取り上げられていない、彼が神聖なものと出会ったことです。彼の著書『プルーフ・オブ・ヘブン』から引用させて頂きます(「疑り深い人による精神世界日誌」からの引用になります)。

(以下、引用 http://romansulove.jugem.jp/?eid=10

(前略)
こちらの世界で考えられているような言語機能は働いていなかったが、
私は言葉を用いずにその風に対し、
またその背後で働いていると感じられた神聖な存在に対して問いかけた。

ここはどこですか?
私はだれなのですか?
なぜ私はここにいるのですか?

ひとつ無言の質問をするたびに、電光石火の速さで答えが返ってきた。

(中略)

奇妙なことだが、私の置かれた状況は、子宮の中の胎児に似ていた。
子宮の胎児はプラセンタと呼ばれるものを言わない相棒とつながり、
そこから栄養を受け取って、あらゆるところに存在していながら
姿は見えない母親との関係を仲介してもらっている。

私の場合は胎児の"母親"に相当するものが、
宇宙とそこにあるもの全体の母体、言い換えれば、神や創造主、
根源などと呼ばれる存在だった。
神の存在はきわめて間近に感じられ、自分との間にまったく距離がないように思えた。

(中略)

オームはオーブを通して、私に語りかけた。

宇宙はひとつではない。
お前の理解を超えるほど数多い宇宙がある。
しかしすべての宇宙がその中心に愛を持っている。
どの宇宙にも邪悪は存在しているが、ごくわずかでしかない。
邪悪が存在しなければ、自由意志を持つことができない。
邪悪はそのためにこそ必要とされてきた。
自由意志を持つことなしには、発展が得られない。
進歩がなくなり、神が人類に対して願い続けてきたことを、
人類には達成することができなくなる。
世俗世界の邪悪は醜悪で強力でもあるが、全体から見れば愛が圧倒的に優勢であり、
最終的に勝利を収めるのは愛である。

声はそう語った。
私はその場所で、無数の宇宙に豊かな生命が息づいているのを見た。
その中には人類よりはるかに進歩した知性を備えるものたちもいた。
数限りない高次の次元があることも知った。
高次の次元は、その中へ入り、直接体験するかたちでしか知る方法がないこともわかった。
低次の次元空間からは、高次元世界は知ることも理解することもできないのだ。

因果の関係は高次元にも存在しているが、この世界の概念とは異なっている。
またこちらの世界で体験されている時間空間は、
いくつもの高次元に複雑なかたちで密接に織り込まれている。
言い換えれば、高次元の世界はこの世界と完全に隔絶しているわけではない。
あらゆる世界がそれらすべてを包み込む神聖な"真理"の一部分を構成しているのである。
そして高次の世界からは、こちらの世界の時間や場所に自由につながることができるのだ。

(引用終わり)

こうなってくると、もう客観的・科学的な検証が不可能な領域に入ってしまいます。実際に「神聖な存在」と出会う経験を各自がしない限り、信じることは難しいと思います。

しかし、僕にはこのエベン・アレクザンダーの会った「神聖な存在」のことを、少しはリアリティを持って感じることが出来るのです。

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-1.html の中で僕は 『「神が存在する」ことをある特殊な精神状態の中で「感じて」しまったのだ。』 と書きましたが、それが「神聖な存在」を感じられる理由です。

僕の場合は、エベン・アレクザンダーのような「脳の機能がほとんど停止した」状態ではなく、精神病のせいで「脳が通常の状態ではなくなってしまった」ことが原因でした。

これだけを書けば「何だ、気が狂っておかしくなっただけじゃないか」と思われるかも知れませんが、可能な限り客観的に見て、僕が体験した事はやはり一種の「神を感じた体験」なのです。

僕の「神を感じ体験」は、かなり短い時間ではあったものの、内容が複雑で記憶も不確かなものなので、その頃に自分が付けたメモを見ながら、時間を掛けて書いて行こうと思います。

P.S.
僕が「疑り深い人による精神世界日誌」を参考にさせて頂いているのは、ブログ主さんが可能な限り客観的に、出まかせのウソを書かないように気を付けられているからです。

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