とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

地球温暖化防止とファシズム(1)

地球温暖化防止のためにはCO2排出削減をしなければならない。

他方、経済活動に伴うエネルギー消費はCO2排出に結びつく。

ゆえに、CO2排出削減のためには経済活動を抑制しなければならない、という議論がある。

これは、全体のために個人の自由を犠牲にしなければならない、という全体主義(ファシズム)であると見なすことも出来る。

EICネットには、「地球全体主義」について以下のように説明されている。

(以下引用、http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=1738

地球こそが、すべての価値判断を優先して尊重されるべき「絶対的なもの」であるという思想。
地球全体主義は、地球全体のためには、個人、あるいはもっと大きな社会的構成体の欲望や自由をある程度制限することを要求する。
地球全体主義の代表的な主張として、土地倫理やガイア仮説などがある。地球全体主義は、近代的な自由主義・個人主義への抵触、環境ファシズムの危険性など様々な問題点が指摘されている。

(引用終わり)

上記のEICネット記事で「おやっ?」と思ったのは「ガイア仮説」が地球全体主義の代表的な主張であるという点である。

ガイア仮説とは、NASAに勤務していた大気学者・化学者であったジェームズ・ラブロックが提唱した仮説であり、地球を自己調節能力を持ったひとつの生命体(有機体)であるとみなす仮説である。

この「ガイア仮説」を支持する地球環境問題の研究者は結構沢山居るのである。

そうなると、「地球環境問題の研究者は全体主義者か?」という論点が引き出される。

これは非常に難しい問題である。

新エネルギーや省エネルギー技術の進展により、経済活動を損なわずにCO2削減が出来ればそれで良いのであるが、これはそう容易ではない。経済成長とCO2削減を両立する唯一の頼みは原子力と考えられて来たのだが、福島原発事故により、世界各国で原子力への依存は疑いの目で見られ始めた。

他方、核融合が22世紀以降の技術であるとすると、新興国で増加するエネルギー需要を満たすCO2無排出のエネルギー技術は21世紀には原子力以外にはないことになる(自然エネルギーは供給量に限界があり、また供給が不安定であるという弱点がある)。もし原子力に頼れないとなると、残るのは個人の経済活動を犠牲にしてでもCO2排出を抑制するしかないのだろうか?

個人の経済的自由と地球全体のCO2排出制限、これはジレンマであるように思われる。

僕個人はこのジレンマの解決法として「トリウム溶融塩原子炉」・「エネルギー消費を1/10にする技術」・「個人のマインドの変化(利己だけではなく利他も目的とする)」を掲げてブログを書いているのだが、果たして僕のこの考えで、個人の経済的自由と地球全体のCO2排出制限のジレンマは解決されるのだろうか?

あるいは、僕のこの考えも「地球全体主義」のバリエーションに過ぎないのだろうか?(「利他を目的とする」というあたりに全体主義の匂いが漂う)

技術進歩だけで地球温暖化防止が出来れば良いのかも知れないが、IT技術の急速な進歩と比べるとエネルギー技術進歩のスピードは遅すぎることから、どうも技術進歩だけでは地球温暖化防止は出来ないように思われるのだ。

このあたりは、http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-56.html に書いた、「神は現代人に利他のマインドを持って欲しいがために地球温暖化という問題を与えた、と考えることも出来る」という考えと矛盾する議論のように思える。

以上のように、本日の日記は結論が出ないままに終わってしまったので、日を改めてこの「地球温暖化防止とファシズム」について掘り下げて考えて見たい。

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