とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

神を信じる科学者の頭の中はどうなっているのか?

僕は長い間、神を信じていなかった。

それは科学的な世界観を持っていたためである。

僕の場合、たまたま一種の神秘体験をして神の存在を信じるようになったのだが、もしそうした体験がなければ今でも神を信じていなかっただろう。

しかし、そのような僕でも科学的な世界観と神秘体験で得られた世界観が頭の中で衝突しており、その2つの世界観をどう接続するかで今でも苦しんでいる。僕がブログを書く原動力もここにあるのである。

一方、世の中には神を信じる科学者も結構居る。

有名なのはアインシュタインで、彼は「宗教のない科学はかたわ、科学のない宗教は盲目」と例えた。彼は科学、宗教、芸術など様々な活動を動機付けているのは、崇高さの神秘に対する驚きだとしていたのである。

確かに、西ヨーロッパで科学が発達したのは、キリスト教に原因があるとされている。

しかし、科学が進展し、素粒子物理学や分子遺伝学まで辿りついた結果、科学者は次第に神への信仰を放棄し始め、唯物論的世界観が優勢になってしまったのである。

そうした唯物論的世界観を持つ者が多数派にある中で、どうして神を信じる科学者が生き残っているのだろうか?彼らの頭の中では一体どうやって科学と宗教が共存しているのだろうか?

神秘体験をした僕でさえ、科学と宗教が頭の中で衝突しているのに、神秘体験なしに神を信じる科学者は頭がどうかしているのではないかと思わざると得ないのである(一種の精神分裂か、多重人格状態なのか?)。

あるいは、彼らは幼少時より親から信仰を刷り込まれたから神を信じているのではないか、とも考えられる(アメリカ人はこのケースが多いようだ。他方、ヨーロッパ人は無神論者が多いように思われる)。

僕の考えでは、神の存在が最新の科学と矛盾しないことを示すことに、「科学と宗教の調和」の解決策を求めざるを得ないと考えている。

例えば、量子力学の理論がミクロだけではなくマクロなスケールでも成り立つ事が分かれば、現代人の世界観は随分と変わるだろう(もっとも、神と量子力学の関係は現在では不明であるが)。

とにかく、現代は「神の死んだ」世界なのである。それはそれで構わないと思う人もあるかも知れないが、そうした「神の死んだ」世界は不幸な世界なのである。物質的に貧しかった中世に生きていた人々よりも、現代人は不幸であると僕は考えている。

そして、その不幸を作り出してしまったのが科学なのである(その科学の原動力が西欧のキリスト教にあるというのが何とも皮肉であるが)。

科学者はこの問題(自分達の成果が世界を不幸にしてしてしまったこと)をどこかで清算しなければならない、と僕は考えている。アインシュタインが言うように、「宗教のない科学はかたわ」なのである。

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