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マスメディアはなぜ人が殺し合う番組をつくるのか

刑事ドラマや時代劇において顕著な傾向であるが、なぜか視聴者は人が死んだり、殺し合いをするのを娯楽として楽しんで視る。

普通の感覚では、身近で人が死ねば「不幸」でしかないのだが、なぜかテレビや映画では人が死ぬのを皆、娯楽にしているのである。

NHKのような公共放送でも人が死ぬのを娯楽にしている、というのは客観的に見ると尋常ではない。

なぜ人間は人が死んだり殺し合いをするのを見るのが好きなのだろうか?

エックハルト・トールによれば、人はそういう映画を見て嫌な気分になりたいからだという。人間は嫌な気分になるのが好きで、それが良いと思うのだそうである。エックハルト・トールは、それを「ペインボディ」という概念を用いて説明する。

ペインボディとは、抑圧された古い負の感情の集積で、かつ今も生き生きと息づいている感情のエネルギー場を指す、エックハルト・トールの造語である。

このペインボディは非個人的な性格もあわせて持っており、延々と続く部族間闘争や奴隷制、略奪、強姦、拷問その他の暴力に彩られた人類の歴史を通じて、数えきれない人々が体験してきた痛みもそこには含まれている。

この痛みは今も人類の集団的真理のなかで生きていて、日々積み重ねられているという。

他方、動物行動学や人類学の研究を通して分かってきたことは、動物の同種間の殺害はありふれたものだということだ(かつては、同種間の殺害は人間に特有のものであると考えられていたらしい)。

そして、霊長類の社会性は、この同種間の殺害を避けるために発展して来たという説もある。

いずれにせよ、どうも本能的に人間は他人への殺意を持つことがあり、人間社会にはそれを避けるメカニズムと促進するメカニズムが同居しているようだ。

このあたりに、人が死んだり殺し合ったりすることを娯楽として視聴する原因があるのではないだろうか。

こうした娯楽は遠い将来に人類がもっと発展した社会を持った時にも存在するのだろうか?そろそろ我々は殺し合いを娯楽にすることを止めなければならない、と僕は思うのだが、いかがだろうか。

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都 雄次

Author:都 雄次
専門はエネルギー経済の数値シミュレーションです。バハイ教という日本ではあまり知られていない宗教の信徒です。バハイ教はイランで発祥した宗教ですが、「人間はすべてひとつの地球家族に属する」「科学と宗教の調和」「男女の同等性」という先進的な教義を持っています。本日記では社会科学と宗教哲学を用いて地球環境問題と人間の心の問題を論じます。

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