とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

客観的なスピリチュアリズムの例

僕は3月29日のブログ http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-4.html の中で、「可能な限り客観性を持った視点でスピリチュアルを語ると、スピリチュアリズムに進歩が生まれます。」「皆がウソか本当か分からない事ばかり言っている現状では、スピリチュアリズムの世界に進歩はないと僕は断言します。」と書きました。

そこで、今回は客観的にスピリチュアリズムを捉えた例を紹介します。

今回取り上げるのは、パム・レイノルズ (1956 – 2010)という人の臨死体験です。wikipediaにまとまった記事がありますので、まずはそれを引用させて頂きます。

(以下、引用https://ja.wikipedia.org/wiki/パム・レイノルズの臨死体験

概要
アトランタジョージア州出身の女性ミュージシャンであったパム・レイノルズは、1991年8月の時点で動脈瘤を患っていた。通常の脳神経外科の技術ではこの病気を治療する事は不可能だったため、パムはフェニックス (アリゾナ州)にあるバーロウ神経学研究所のロバート・スペッツラー医師を紹介された。スペッツラーはパムに低体温心停止法として知られる外科手術を施した。

低体温心停止法では、患者の体温を摂氏15~16度にまで低下させ、心拍と呼吸を停止させ、脳波をフラットにし、頭部から脳血流を抜き取った上で手術を行う事となる。パムはこの手術中に臨死体験をした。パムのケースは後に、医師であるマイケル・セイボムにより発見され公に知られる事になった。

2002年には、BBCがパムの臨死体験をドキュメンタリーとして特集した。パム、セイボム、スペッツラーの3名が報道に出演した。

手術プロセスと臨死体験の詳細
午前7時15分、手術室に運び込まれた時点ではパムは覚醒しており、点滴をたくさん打たれたことを覚えていた。麻酔薬が打たれるとパムの意識は喪失した。パムの身体は手術台に固定され、両目は乾燥を防ぐためにテープで閉じられた。ここからパムの脳波は継続的に測定され、脳幹の機能の有無を調べるために両耳には100デシベルの音を生じさせるイヤホンがはめこまれた。

午前8時40分、医師や看護婦、麻酔医や人工心臓ポンプ技師たちが入室し、手術が開始された。パムの頭は剃髪され、スペッツラーによるメスで切開された。そしてモーターが内蔵された「骨のこ」がパムの頭蓋を切り取り始めた。

一方その頃、パムの意識は「スペッツラーの肩に座って」手術室全体を眺めていた。「骨のこ」の音を聞いた事により覚醒したパムの意識は、いつのまにか頭部から抜け出していた。パムは看護婦が自分の髪の毛を剃る場面や手術で使用中の「骨のこ」の刃が交換されるシーンを観ていた。

スペッツラーは頭部の切開を終えた後、顕微鏡を用い頭蓋内の手術を始めた。その間、女性の心臓外科医がパムの右鼠径部の動脈と静脈を探し当てた。しかしその血管はバイパス装置に繋ぐためには細すぎる事が判明した。

同時刻、パムは「女の人の声」が、パムの静脈と動脈が細すぎる、と話すのを聴いていた。その血管と繋ぐための心肺バイパス装置も目撃していた。

午前11時、パムの身体の冷却が始まり、体温は摂氏14度まで低下した。5分後にパムの心臓は完全に停止し、同時に脳波も平坦になり、脳幹の機能も低下し始めた。

午前11時25分、イヤホンから発する音への聴神経反応が消失したため、脳幹の機能も停止した事が確認された。そしてパムの身体からは血液が抜き取られた。

その頃、パムは祖母に呼ばれたように感じ、意識を上昇させ始めた。トンネルのような場所を通り抜けたパムは「信じられないほど明るい」光と遭遇した。その中には光で形作られた人々がおり、そのうちの一人が祖母であった。また伯父や祖父など、仲の良かった親族数人と再会した。パムはそれ以上、光の中に入っていけないような感覚に襲われた。親族がパムに光るような養分を与えると、パムは元気を取り戻し始めた。

手術室では、スペッツラーがパムの動脈瘤を切除し終え、温められた血液がパムの体内に再び注入され始めた。すると、すぐに脳幹や脳波は反応を示し、最初の生命兆候が知らされた。

午後12時、パムに心室細動が起きたため、除細動器による電気ショックが行われた。

その頃、パムは仲の良かった伯父に連れ添われ、トンネルの入り口に戻った。するとシーツがかかっている自分の身体が見えた。身体は死体のように見え恐ろしかったが、伯父に押し出されたパムは「氷水のプールに飛び込むように」自分の体の中に飛び込んだ。

午後12時32分、パムの体温はまだ低かったが、生命を維持できる程度には上がっていた。パムの身体からチューブや計器類が引き離され、手術は完了しようとしていた。病院内では「ホテル・カリフォルニア」の音楽が流れ始めた。身体の中に戻ったパムの意識は「ホテル・カリフォルニア」の最後の一節を肉体の耳で聴いた。

スペッツラーの手術報告には「午後2時10分、患者は挿官されたまま回復室に運ばれたが、状態は安定している」と記されている。
パムは幻を見たのだと思い、手術回復後に周りの者にジョークとして話を聞かせた。家族の者は皆笑っていたが、同時に話を聞いていた医師や看護婦、麻酔専門医の表情は硬く「それは幻覚ではないよ」とパムに告げた。
(後略)

(引用終わり)

僕が後略したwikipediaの記述には、この臨死体験が真実であるかを巡った反論・再反論が展開されているのですが、僕が読む限りではそれらの反論はあまり的を得ていないように思います。

という事は、やはり「臨死体験」というものがこの世の中にはあり、その臨死状態の中で先に亡くなった親族などに会える、ということになるのでしょうか。

ただ、臨死体験というのはあくまでも本人の主観なので、それが本当に起きた事かどうかは突き詰めればその本人にしか分かりません。しかし、それでも本人がウソをつかずに、このようなデータを蓄積して行けば、徐々にスピリチュアリズムの世界は進歩し、最終的には「人間は死後どうなるのか」「この世で善行を行った人、悪行を行った人はあの世でどうなって行くのか」が分かってくる可能性もあると思います。そして、もし悪行があの世で悪い結果を起こすことが分かれば、人々はこの世で善行を行うようになり、この世がだんだん良くなって来るのではないでしょうか?

また、パム・レイノルズが経験したように、死後に先立った人々と会えるなら、死に対して希望が持てるようになるかも知れません。バハイ教では、「愛する人とは死後に会える」と教えられています。それが本当かどうか、僕には分かりませんが、僕には2人、死後に会いたい人がいます。

1人目は僕の奥さんです。これは当然かも知れませんね。ですが、僕にはその他に一人、どうしても死後に会いたい人がいるのです。それは「初恋の人」です。

僕にとって、初恋は衝撃的なものでした。それは結局、すれ違いに終わったのですが(交際も告白もしていません)、僕にとってその人は「絶対的な存在」で、僕が生きている限り、その人の事を忘れることは「不可能」です。

もし、僕が死んだ後に初恋の人と会えるならば、僕にとって死は大いなる希望になります。スピリチュアリズムが進歩して死後の世界の事が分かってくれば、世界中の人々が死という人間にとって最大の恐怖にも希望が持てるようになると思います。

いずれにせよ、このパム・レイノルズの臨死体験は貴重な記録です。

もし、今、死の間際で絶望している親族がいらっしゃれば、このパム・レイノルズのwikipedia記事をスマホか何かで見せてあげて下さい。それで、少しでも死に対する希望が生まれれば、僕がこのつたない文章を書いた本望になります。

P.S.
僕は「神を感じた」体験はしましたが、あの世についての体験はしていません。一度、あの世についての体験をしてみたいと思ってはいるのですが・・。

2017年4月14日追記:
上の文章において、僕は「死後に初恋の人と会いたい」と書きましたが、倫理的に考えると、死後の世界で僕の奥さんと初恋の人との二股恋愛をするのは許されないと思います(二股恋愛してしまいそうな気もするのですが)。それでは、僕は死後の世界で初恋の人と会って何を言えば良いのでしょうか?少なくとも、昔の想い出話をしたいとは思います。それ以上、何を話せば良いか、僕には分かりません。

ブロクランキングに参加しています。
ぜひ『ぽちっ』と押してやってください。
   ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する