とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

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温暖化防止におけるマインドの重要性をゲーム理論から見る

このブログでは、地球温暖化防止には技術だけでなく、「マインド」が必要であると繰り返し述べてきた(例えば http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-16.html)。

本日のブログではこれをゲーム理論(経済学の一分野)から説明する。

地球温暖化で国際的な協調がなかなかうまく行かない理由は、それが「囚人のジレンマ」と呼ばれるゲームに該当する状態に陥っていることで説明されている(僕が知る限り、一番早いのはWilliam Cline, 1992)。

以下では wikipedia記事 https://ja.wikipedia.org/wiki/囚人のジレンマ に基づいて説明する。

共同で犯罪を行ったと思われる囚人A, Bを自白させるため、検事は2人に次のような司法取引をもちかけた。

- もしお前らが2とも黙秘したら、2人とも懲役2年だ。
- だが、お前らのうち1人だけが自白したらそいつはその場で釈放してやろう(つまり懲役0年)。この場合自白しなかった方は懲役10年だ。
- ただし、お前らが2人とも自白したら、2人とも懲役5年だ。

この時、2人の囚人は共犯者として協調して黙秘すべきか、それとも共犯者を裏切って自白すべきか、というのが問題である。なお彼ら2人は別室に隔離されており、相談することはできない状況に置かれているとする。

説明は省略させて頂くが(興味のある方は wikipedia記事 https://ja.wikipedia.org/wiki/囚人のジレンマ を参照して頂きたい)、囚人達が自分の利益のみを追求している限り、互いに裏切り合うという結末を迎える。

これは地球温暖化の国際協調でも同じで、世界の国家がみな、自国の利益だけを追求している限り、互いに裏切り合って温暖化防止の国際協調は進まないことになる。悲しいかな、これが現状である(一応、2015年にパリ協定なる気温上昇を2度℃以内に抑える協定は出来たが、具体的に各国がどれだけ二酸化炭素を減らすかは何も決まっていない。この点では1997年の京都議定書より後退している)。

これはアダム・スミス以来の正統派経済学における「個人の利益を追求すれば結果として社会全体において適切な資源配分が達成される」という考え方が必ずしも正しくないことを示す例になってしまっている。

そこで地球人類が今、必要とするのは「仏教経済学」の考え方なのである(詳しく知りたい方は「仏教経済学」で検索されると色々なサイトが見つかる)。つまり、「利己だけではなく利他も目的とする」ことが出来なければ地球を守ることは出来ない。

それでは、どうすれば個々人が「利他心」を身につけることが出来るのだろうか?僕の考えでは、ひとつは仏教的な悟りの境地を得ること、もう一つは神の視点を身に着けることである(ただし、終末論的な思想は論外。それは利他心ではないから)。

本ブログでは、「悟り」と「神の視点」の両方を、地球温暖化防止と絡めて考察して行くことにしたい。

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