とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

地球温暖化防止は技術だけでは無理。人類の意識変容か神の存在証明が必要。

このブログのサブタイトルは「神の存在証明と地球温暖化防止」としている。

この2つの一見、関係がなさそうな単語がどう結びついているかについて説明する。

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-category-2.html において、僕は東京大学で行われている「エネルギー消費を1/10に削減する技術」が人類の希望である、と書いた。

しかし、単にエネルギー技術を向上させるだけでは、地球温暖化は防止出来ないと僕は考えている。

仮に「エネルギー消費を1/10に削減する技術」が2025年頃に実用化されたとしよう。そこで問題になるのがその新エネルギー技術のコストである。

世界で一番豊富な化石燃料は石炭であり、それを液化出来ればコスト的には「エネルギー消費を1/10に削減する技術」に比べると遥かに安くエネルギーが生産出来ると考えられるからである(そして、石油もまだ枯渇はしていない)。

化石燃料がまだ大量に存在する状態においては、例えば日本だけが「エネルギー消費を1/10に削減する技術」を導入したとすると、日本の製品の国際競争力が落ちてしまうのである。

これを考えると、何か「世界人類がまとまって行動する」きっかけが地球温暖化防止には必要になると言える。

僕の愛読書であるエックハルト・トールの「ニュー・アース」ではそのきっかけが「人々の意識の変容」であると言う。以下に「ニュー・アース」の該当部分を引用する。

(以下、引用 エックハルト・トール「ニュー・アース」)

p.28
生存を脅かす根源的な危機に対処する―これがいま、人類に突き付けられた課題である。

すでに二千五百年以上も前に古代の知恵ある教師たちが見抜いていた、そしていまは科学技術の発達によってますます拡大されつつある、人間のエゴイスティックな思考に固有の機能不全、これが初めて地球上の生命の存続を脅かしている。

ごく最近までは―これも古代の教師たちが指摘していた―人間の意識の変容はただの可能性にすぎず、ばらばらに離れたところで文化的宗教的な背景とは関わりなくごく少数の個人が実現しただけだった、

人類の意識の開花が広がらなかったのは、それほどの緊急性がなかったからだ。

地球上の相当数の人々が(まだ気づいていないとしても)まもなく気づくだろうが、人類はいま、進化するか死滅するかという重大な選択を迫られている

そして古いエゴの思考パターンの崩壊と新たな次元の意識の芽生えを体験している人々はまだ比較的少数であるものの、その数は急激に増加しつつある。

(引用終わり)

しかし、どれだけの人が「意識の変容」を起こし始めているのだろうか?少なくとも、数十パーセントの人々が「悟りの境地」に達さなれば、意識の変容による地球温暖化防止は無理だと僕は考えている。

そして、「悟りの境地」に至るのはとても難しいのだ(僕は、エックハルト・トールの薦める方法で悟りを試みたのだが、全然進歩しなかった)。よほど素質があるか、良い教師に出会うかしない限り、図書だけの知識で悟りの境地に至るのは困難だろう。

そこで、「多くの人々が悟りの境地に至って地球温暖化が防止される」代わりに僕が考え出したのが「客観的な神の存在証明がなされることにより地球温暖化が防止される」ことである。

これ(「客観的な神の存在証明がなされることにより地球温暖化が防止される」)は僕の直観であり、神の存在証明がなされるとどのようにして地球温暖化が防止されるのかは、僕にはまだ分からない。

ただ、客観的な神の存在証明は、誰か一人の人間が成し遂げれば良いことなので、エックハルト・トールの主張する「人々の意識の変容による地球温暖化の防止」よりはハードルが低そうに思える。

なお、主観的な神の存在証明は少なくともエベン・アレグザンダーと僕が成し遂げているので、後はどうすればそれを客観化するかという問題に移るだけなのだ(実は、その「客観化」が難しいのかも知れないが)。

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