とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

新型原子炉AP1000について:その2:東芝の経営危機問題

新型原子炉AP1000について、少し動きが出たので書いてみる。

なぜ、原子力(それもトリウム炉ではない)に僕が注目しているかというと、2030年以前におけるCO2削減は原子力か天然ガスくらいしかオプションがないからだ(太陽光や風力もあるのだが、エネルギー供給量と供給の安定性に問題がある)。

ウェスチングハウス社のAP1000は、静的安定性という設計概念により電源喪失時にもメルトダウンを起こさないとされているのも僕がこの原子炉に注目する理由である(あくまでも設計上安全とされているだけで、運用時にも本当に安全かどうかは分からないが)。

なお、東芝によるAP1000についての解説は https://www.toshiba.co.jp/nuclearenergy/kangaeru/iec-pa7.htm にある(解説動画もある)。

この新型炉についての動向は既に、http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-14.html にまとめた。

「新型原子炉AP1000について:その1」にまとめた東芝の経営危機については、まだ継続している。

最新のニュースでは、東芝は上場廃止の恐れもあるとされている。この経営危機の全ての原因はAP1000の建設の遅れによる巨額損失にある。

東芝は半導体事業を「東芝メモリ」という子会社にして、それを売却することによる利益により、この巨額損失を埋め合わせる方針を立てていた。

しかし、この「子会社化→売却」という東芝の方針に米ウエスタンデジタル社が反発して「東芝による分社化・売却は契約違反である」と主張し、株式取得に向けて独占交渉権を要求した。

そのウエスタンデジタル社の主張に対し、東芝は「ウエスタンデジタル社が妨害行為をしている」としているとして、妨害行為差し止めの仮処分と1200億円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。

このように、東芝の半導体事業売却は混沌としており、どういう結末になるか全く先が読めない。

なお、東芝が今年5月19日に実施した2次入札には、政府系ファンドの産業革新機構を軸とする「日米連合」・台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業・米半導体大手ブロードコム・韓国の半導体大手SKハイニックスの4陣営が応札している。

そして、仮に半導体事業の売却が上手く行き、AP1000の建設の遅れによる巨額損失を何とか埋め合わせられたとしても、その後にAP1000建設でさらに巨大損失が出る可能性もありうる。そうなれば、東芝は倒産するしかなくなるだろう。

噂では国民的アニメ「サザエさん」の番組スポンサーから東芝が降りるのでは?という話もあったが、最近のニュースでは東芝はサザエさんのスポンサーは続ける予定であるという。

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以上では、AP1000を設計したウェスチングハウス社の親会社である東芝の動向を説明したが、次にAP1000建設の動向について書いてみる。

東芝は本年6月10日、ウェスチングハウス社が建設中のAP1000原発ボーグル3・4号機建設計画に関する親会社保証について、サザン電力に対し、3,680百万米ドル(4129億円)を2017年10月から2021年1月までの間に分割して支払うことで合意書を締結した。

2008年にウェスチングハウス社が2基のAP1000原子炉建設プロジェクトを受注した際、親会社保証契約を締結したが、今回、保証上限の金額とその支払いスケジュールについて合意した、という経緯である。

この合意に伴い、プロジェクトコストの増加等の如何なる事情を問わず、保証上限額以外の建設プロジェクト関連費用は東芝に請求されない。

また、ウェスチングハウス社とサザン電力は契約を改定した。ウェスチングハウス社は原子炉AP1000の技術提供・支援に回り、原発建設はサザン電力が引き継ぐことになった。当面は工事を続行するが、そのまま完成を目指すか断念するかは今夏中にも決定する(つまり、開発中止の可能性もあるということである)。

以上で説明したボーグル3・4号機は米国で建設中の4機のAP1000うち2機についての合意と契約改定であり、他の2機については、現在、交渉を行っている途中である。残り2機の交渉結果によっては東芝に更なる追加負担が生じる可能性もある。

いずれにせよ、原子炉の開発・建設には大きなリスクがあることがこのAP1000の事例から分かる。

当初の予定ではボーグル3・4号機は2017年・2018年は送電開始の予定だった。その予定が、現在では建設中止の可能性もあるという状況なのである。

これ以上、建設の遅れが長引けば東芝は倒産する可能性が出て来るだろう。そして、CO2を排出しないエネルギー技術としての原子力発電にも疑問符が付くことになるだろう。

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「我思う」を巡るデカルト vs エックハルト・トールの議論は決着していない

ここ一週間ほど、ブログの更新が滞っていた。

その理由は色々あるが(単に忙しかった等も含め)、大きな理由はブログの更新を日課にすると、内容が薄まったり、ついつい安易な結論に陥ることだ(例えば、引き寄せの法則を量子力学で説明するなど)。

これは僕の本意ではない。僕はバハイ教徒である(ついうっかり、それを忘れてしまう事がある)。

僕は真理を探求したいのだ。

ただ記事を量産するばかりでは真理の探求からどんどん離れて行ってしまう。これでは、このブログの存在価値がなくなってしまう。

以上を教訓として、僕はブログの更新頻度を落としつつ、一歩一歩、牛歩のごとく真理の探究をして行きたいと考えている。

さて、今回僕が問題にしたい真理の探求は、「我思う、ゆえに我あり」を巡るデカルトとエックハルトトールの主張のどちらが正しいか、というテーマである。

僕は過去の日記で単純に時代の新しいエックハルト・トールの主張を正しいと書いて来た。

しかし、時代が後の者の言うことは常に正しいのだろうか?

デカルトは慣性の法則や運動量保存則などの物理学、さらに数学でも近代学問の基礎を築いた、歴史上の大人物である。それに比べ、エックハルト・トールは歴史に残る可能性の少ない一介のスピリチュアリストに過ぎない。

デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という命題は、欠陥はあるものの、「我思う」を哲学の出発点とした点は、哲学史上における大業績であり、易々と崩せるものではない。

これに対し、エックハルト・トールは「自分が考えていることに気づいたとき、気づいている意識はその思考の一部ではなく、別の次元の意識だ」と主張する。

両者の違いはどこにあるのだろうか?

まず、「思う(考えている)」ことについては、デカルトもエックハルト・トールも違いはない。

問題は、「思う」意識にある。

「思う」意識について、デカルトは単純に「我」という意識が思うのだと考える。

それに対し、エックハルト・トールは「思う(思考する)」意識とは別に、その「思考」に気づく意識が存在すると主張する(サルトルもそう主張する)。

その根拠は、エックハルト・トールによれば、以下のような内容である。

(以下、引用 エックハルト・トール「ニュー・アース」p.64 )
あなたのなかに思考しかなければ、思考しているなんてことはわからないだろう。

自分が夢を見ているのに気づかない夢中歩行者のようなものだ。

夢を見ている人が夢のなかのすべてのイメージに自分を同一化するように、すべての思考に自分を同一化する。

多くの人々はいまもそんな夢中歩行者のように生き、古い機能不全の心の癖に囚われ、同じ悪夢のような現実をいつまでも再創造し続けている。

しかし自分が夢を見ていると気づけば、夢のなかで目覚める。

別の次元の意識が入り込む。
(引用終了)

エックハルト・トールは上記引用文の「夢を見ている」と気づく場合(明晰夢と呼ばれる)を我々の普段の思考に当てはめて、「思考している」と自分が気付く時は、その思考とは別の次元の意識が「我あり」と言うと主張する。

このように「我あり」と言う意識は考えている意識そのものか(デカルトの主張)、「我あり」と言う意識は考えている意識とは別の次元の意識なのか(エックハルト・トールの主張)、という点が、デカルトとエックハルト・トールの主張に違いになる。

この「我あり」という意識を巡ってはデカルトとエックハルト・トールの主張のどちらが正しいか、学問的にはまだ決着が付いてないようだ。

ウェブ上の情報を調べた限りでは、専門家は誰もこの問題に言及していないし、この問題を取り上げたアマチュアのブログ等でもこの問題を深く掘り下げた記事は見つからなかった。

僕も自分なりに考えてみたのだが、デカルトとエックハルト・トールのどちらが正しいか、分からないままである(「我思う、ゆえに我あり」という命題に欠陥があることは別の問題として)。

この問題を解くには、何か新しい切り口が必要だと思う(例えば、「クオリア」という切り口から考えるなど)。

僕はこの問題を考え続けるつもりなので、何かこの問題に対して新しい知見が得られれば、このブログ上で紹介して行きたい。

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明日、トリウム溶融塩炉の勉強会があります

これまで度々取り上げて来た「トリウムは溶融塩炉」ですが、明日(平成29年6月21日)に(株)トリウムテックソリューションが企画する勉強会があります。

以下は http://www.ttsinc.jp/docs/molten-salt-reactor-lecture2-170621.pdf にある宣伝文です。

(以下、転載)
次世代のエネルギー源を担う
モルテン・ソルト・リアクター
勉強会へのお誘い
~使用済み核燃料の処理ができる溶融塩炉~

世界のエネルギー政策に行き詰まりをもたらす使用済み核燃料を処理し解決できるテクノロジーは溶融塩炉です。

1965年に米国オークリッジ国立研究所で実験炉 MSRE が建設され、2年間の連続無事故運転に成功した実績をもち、原子炉の基本技術は確立されています。

2016年には米国エネルギー省が、電力会社サザンカンパ ニー 等の要請に応え、ビルゲイツ設立のテラパワー社・電力研究所・バンダービルド大学・オークリツジ國立研究所の産学官共同の溶融塩炉プロジェクトに開発費支援を決めたことを契機に、世界的に使用済み核燃料処理を目指した溶融塩炉開発の動きが起こっています。

世界の流れに取り残されないよう、みなさんとご一緒に溶融塩炉について理解を深めたいと思いますので、勉強会へのご参加の程よろしくお願い致します。



[日 時] 平成29年6月21日(水曜日)

[時 間] 16時00分受付開始、講演会17時〜19時

[場 所] 衆議院第一議員会館 B1F大会議室

[講 演]
 ① 溶融塩炉がもたらす技術革新と至近の世界動向 木下幹康(ITMSF)
 ② 溶融塩による使用済み燃料処理の技術課題 寺井隆幸(東大)

[会費・定員]資料代として1,000円(当日)・定員130名

[勉強会事務局]〒 195-0071 東京都町田市金井町 2056-47
   TEL 042-736-6960 FAX 042-736-6963
   株式会社トリウム テック ソリュ-ション 取締役会長 金子和夫

<呼びかけ人>
有馬朗人 武蔵学園学園長・理学博士、 松井一秋 エネ総工研 研究顧問
木下幹康 ITMSF 理事長(代表呼びかけ人)

<設立発起人> (以下の発起人リストはまだ暫定です)
武蔵学園学園長理学博士・有馬 朗人、 福井大学教授・有田 裕二、 京都大学名誉教授・伊藤 靖彦、 東京大学名誉教授・石野 栞、 東京工業大学教授・高橋 実、 東京大学名誉教授・山脇 道夫、 エネ総工研研究顧問・松井 一秋、 同志社大学教授・後藤 琢也、京都大学教授・宇根崎 博信、 東京工業大学名誉教授・吉田 正、 京都大学名誉教授・代谷誠治、 核融合科学研究所名誉教授・相良明男、 核融合科学研究所特任准教授・渡邉崇、福井大学名誉教授・島津洋一郎、 原子力損害賠償廃炉等支援機構理事長・山名元、 高エネルギー加速器研究機構教授・古川和朗、 東京工業大学名誉教授・藤井靖彦、 近畿大学教授・野上雅伸、 長岡技術科学大学教授・鈴木達也、 東京大学工学博士・木下幹康、 株式会社 TTS 技術統括・千葉文浩、 株式会社 TTS 代表取締役・古川 雅章、 株式会社 TTS取締役会長・金子 和夫 他

<国会議員世話人>
額賀福志郎、森 英介、山本 拓、原田義昭、三原朝彦、三ツ矢憲生、片山さつき 他
(順不同)

<企 業>
経団連、電気事業連合会、日立製作所、東芝、三菱電気、富士電機、関電工東京、トーエネック、東京エネシス、中電工、きんでん、ThorCon, US Inc.(USA)、 Terrestrial Energy Inc.(CANADA)、MOLTEX(UK)他

<省 庁>
経済産業省、文部科学省、内閣府 他

(転載終了)

省庁に内閣府や文部科学省が関わっているのが本当だとすると、日本国もトリウム溶融塩炉の導入を真剣に検討し出したと考えて良いでしょう。ただ、上がっている設立発起人や国会議員世話人、企業は単なる「サクラ」かも知れない、ということも疑って置いた方が良いかも知れません。

なぜかというと、1985年に故・古川和男氏が発表したFUJIは徹底的に冷遇されて来た過去があるからです。その代わりに極端に大きな予算が高速増殖炉の開発に注がれて来ました(なお、古川和男氏は高速増殖炉がプルトニウムを濃縮するという理由で批判的でした)。

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アーサー・ケストラーの人間欠陥論とエックハルト・トールの人間欠陥論

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-70.html において、僕は万物の霊長である人類が精神的に欠陥を持っていることについて書いた。

エックハルト・トールが言うには、ほとんどの人間の「ふつうの」精神状態には機能不全、もっと言えば狂気と呼べるような強力な要素が含まれている。

この機能不全をエックハルト・トールは「エゴ」という言葉で表している。

彼の著書「ニュー・アース」においてはかなりの部分がエゴに関する記述に割かれている。

この人類の機能不全を最初に見抜いたのは恐らくはブッダ(釈迦)と老子であった。彼らは「ふつうの人間存在」という集団的な悪夢から目覚めることができると指摘した。

エックハルト・トールは目下、人類が直面している危機は、科学技術の進展とそれに伴う地球生態系の破壊であるとされる。そして人類はいま、進化するか死滅するかという重大な選択を迫られている、と言う。

僕は昔、これと少し似た議論をしている本を読んだことがある。

それは、「ホロン革命」という本で著者はアーサー・ケストラーという人である。

アーサー・ケストラーは人間を欠陥生物であると主張している。ケストラーはエックハルト・トールと異なり、人間の脳の構造に問題がある、という生理的なポイントから「人類欠陥生物論」を展開している。

ケストラーによれば人間は魚類・爬虫類・下等哺乳類の脳を持っているが、理性を司る大脳皮質は、これら下等動物の脳を支配出来ず、逆に、支配されてしまうと指摘している。そのため、人間は本能的な欲望を大脳では抑えられず、思考の暴走を止められなくなってしまう(その暴走の最大級のものが世界大戦や核戦争である)。

また、大脳による思考により「自分の死の予想」を出来るようになったことと、下等な生物の脳にある死を恐れる本能のバランスが取れず、精神的に不安定になってしまい、これが人間の心を不安定にしていると指摘している。

ケストラーはこのように人間の精神は不安定であり、それが宗教や国家への無批判な服従をしてしまい、結果として戦争という悲劇を起こすのだと主張している。

ケストラーによれば、個人のエゴという自己主張傾向よりも集団への無批判な服従の方が人類にとって問題であるとする。

以上、エックハルト・トールとアーサー・ケストラーの人間欠陥論は、少しポイントが異なっており、エックハルト・トールがエゴによる環境破壊が人類を滅亡に導くとしているのに対し、アーサー・ケストラーは集団への無批判な服従が核戦争を引き起こして人類を滅亡に導くとする。

興味深いことは、エックハルト・トールもアーサー・ケストラーも共に神秘体験をしている点にある。エックハルト・トールは、「自分を見つめる別の次元の存在」を体験し、アーサー・ケストラーは「自分が消える」体験をした。

そして、エックハルト・トールは悟りによる人類の覚醒が人間の欠陥を乗り越える道であると主張し、アーサー・ケストラーは精神病の薬を人間に投与することで魚類・爬虫類・下等哺乳類の脳と、理性を司る大脳皮質とのバランスを取ることが解決策であると主張した。

そして、現在のところはエックハルト・トール、アーサー・ケストラーいずれの主張する人間の欠陥を乗り越える方法も実現の目処が立っていないのである。

結局、人間は核戦争か地球温暖化で滅びてしまうのだろうか?それとも、将来に何か人間の欠陥を乗り越える方法が見つかるのだろうか?それは「神のみぞ知る」ところなのであろう。

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CO2発生を1/10に抑える化石燃料の利用法について

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-69.html においては、エネルギー保存則があるにも関わらずエネルギー消費が起こってしまう理由を書いた。

その理由とは、燃焼の場合、化学エネルギーという質の高いエネルギーから熱エネルギーという質の低いエネルギーに変わったから「エネルギー消費」という概念が生じると説明した。そこで起こっていることは、エクセルギー(有効に仕事に変換できる部分)の損失である。

したがって、エクセルギー損失を出来るだけ低減する必要がある。エクセルギー・パワー・システムズ社https://www.ut-ec.co.jp/portfolio/exergy はこれを実現させるために設立された。

日本のエネルギーフローを見ると、エネルギーうち有効に使われているのは34%程度に過ぎず、残りの2/3は無駄に捨てられている。

燃料(化学エネルギー)はエクセルギー率が0.9~1.0と高く、これをエクセルギー率が低い熱エネルギーに変換する過程でエクセルギー損失が発生する。

本日はまず、堤敦司氏の提言する、物質生産におけるエクセルギー低減について述べる。

すべての化学プロセスは、吸熱反応と発熱反応の組み合わせである。

工業プロセスは通常、吸熱反応では、加熱炉など燃料を燃焼させることにより原料を加熱している。しかし、我々が気付かねばならないことは、本来ならば数千度以上の熱が取り出せる燃料をたかだか数百度の反応熱を供給するためにただ燃焼させている、ということである。

他方、発熱反応においては、装置コストと安全性を考えて出来る限り低温で行われてきた。多くの人はプロセスの低温化が省エネルギーであると考えているが、それは全くの誤りであり、発熱反応はできる限り高温で行い、発生した熱エネルギーを有効利用するのが正しい考えである。

本来、より高温の熱エネルギーが得られるものを低温でとり出すことにより大きなエクセルギー損失が発生するのである。

したがって、発熱反応は出来る限り高温で行い、取り出した熱を吸熱反応に供給し反応を進行させることによってエクセルギー損失を大幅に低減することが出来る。

工業プロセスには以上の考えを適用する事で大幅なエネルギー効率改善が可能になると考えられる。

次にエネルギー変換(発電)であるが、堤敦司氏はエネルギー再生による高効率発電を提言している。

堤敦司氏の提言する発電は、化石燃料による発電であるが、燃焼過程において低レベルの排熱をプロセスの上流へと循環させ、高エクセルギー率のエネルギーと混合し、これで発電する方法である。

このようなエネルギー再生の具体的方法は、以下のようなものがある。

(1)熱化学再生
 排熱を吸熱反応により化学エクセルギーに変換してリサイクルする

(2)熱再生
 排熱を熱交換して空気あるいは燃料の余熱に利用する。再生器付きタービンとしてすでに実用化がされている。

(3)スチーム再生あるいはCO2再生
 スチームおよびCO2は燃焼生成物であり、これを循環させることによって平衡をずらし燃焼におけるエクセルギー損失を低下させる

以上で説明したように、化石燃料による発電は、エネルギー再生によって、エクセルギー損失を大幅に低減することが出来る、と堤敦司氏は主張している。

こうした方法を採用することにより、CO2排出は1/10に減る、と考えられる。

なお、今回は文章で表現しているが、図にした方が分かりやすいかも知れないので、今後は図を示して解説することも検討したい。

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人間は欠陥生物なのか?

生物学では人類は霊長類として生物進化の最先端にある存在とされる。

霊長とは「霊妙な力を備えていて、他の中で最もすぐれているもの」を意味する。

英語において霊長類を意味する単語は「Primates」であり、その語源primeは「最高位」を意味する。

要するに我々人類は地球で最高の存在とされるのである。

しかし、その地球で最高の存在であるはずの人類は、古来より戦争つまり集団同士の殺し合いに明け暮れて来たのである。

そして、20世紀になると核兵器という人類を全滅出来る兵器を手にし、さらに21世紀になると地球温暖化という地球を壊滅させる現象を引き起こしつつのである。

これが、地球で最高の存在なのだあろうか?

人類以外の動物で、地球を壊滅させるような動物はいない。この点において、人類は他の動物より劣っている(狂っているとも表現出来る)と捉えることが出来るのではないだろうか。

人類は知的である。しかし、その知性は狂気を帯びている。

エックハルト・トールが言うには、ほとんどの人間の「ふつうの」精神状態には機能不全、もっと言えば狂気と呼べるような強力な要素が含まれている。

そして、科学技術は人類の精神につきまとう機能不全が地球に、他の生命体に、そして人類自身に及ぼす破壊的影響をさらに拡大してきた。だからその機能不全、集団的狂気は二十世紀の歴史で最もあらわになった。

この機能不全をエックハルト・トールは「エゴ」という言葉で表している。

人間はふつうの精神状態においてはエゴに支配されている。これは疑いのないことである。

しかし、僕が理解出来ないことは、なぜ神は人間にエゴを植え付けたのだろうか?ということである。神は何でも出来るのであるから、人類を機能不全の状態にしなくても良かったのではないか?なぜ神は人類をこのように矛盾した存在に作り上げたのだろうか?

他方、エックハルト・トールは人間の意識の根源的変化の可能性もある、と書いている。彼によれば、人類にとって最大の成果は芸術作品でも科学でも技術でもなく、「自らの機能不全」「狂気」を認識したことであるという。

この人類の機能不全を最初に見抜いたのは恐らくはブッダ(釈迦)と老子であった。彼らは「ふつうの人間存在」という集団的な悪夢から目覚めることができるのだよ」と指摘した。

この人たちは目覚めには必要不可欠だったが、世界の側の準備はまだできていなかった。だから彼らは同時代人に、そして後世の人々にも誤解された。彼らの教えは歪められ、間違って解釈され、場合によっては弟子たちに間違って記録された。

そうして結局、人類の機能不全を見抜いた人達の教えは歪められ、それ自身が狂気の一部となった。

しかし、エックハルト・トールによれば、既成宗教の外側で盛り上がってきたスピリチュアルな教えの影響に加え、古い東洋の知恵が流れ込んだ事も大きな力となって、伝統的な宗教の信者にも形や教義、硬直した信念体系へのこだわりを捨て、スピリチュアルな伝統に隠されていた深さや自分自身の深さを発見する増えてきたそうである。

人類はいま、進化するか死滅するかという重大な選択を迫られている。そして古いエゴの思考パターンの崩壊と新たな次元の意識の芽生えを体験している人々はまだ比較的少数であるものの、その数は急激に増加している、とエックハルト・トールは言う。

問題は「新たな次元の意識の芽生えを体験している人々」がこれからどの程度増えるか、そしてその人々が文明にどのような影響を及ぼすかである。

もし、エゴを克服し、新たな次元の意識の芽生えを体験する人は飛躍的に増えると、地球環境の危機は何とか回避されるのかもしれない。僕としては、その可能性に期待するしかない。

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エネルギー消費を1/10にする技術の概要

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-11.html の日記において、僕は「エネルギー消費を1/10にする技術」を紹介した。

その後、この技術がどういう理論に基づくものか、色々資料を読んできたのだが、今に至るまでその理論的基礎は完全には分かっていない。

そこで、本日はメモとしてこの技術が概ねどういうものかを書くことにする。

まず、この世には「エネルギー保存則」というものがある。これの意味するところは、エネルギーは使っても使っても絶対に減らないことを意味する。

他方、「エネルギー消費」という概念がある。これはエネルギーは使えばその分減るということを意味する。

上記の2つの概念(「エネルギー保存則」と「エネルギー消費」)は矛盾するように見える。

なぜ矛盾するかは、例えば発電の場合通常、化学エネルギーを燃焼させて熱エネルギーに変換して仕事を取り出しているが、その過程でエクセルギー(有効に仕事に変換できる部分)が低くなるからである。

つまり、燃焼の前後でエネルギーは保存されているが、化学エネルギーという質の高いエネルギーから熱エネルギーという質の低いエネルギーに変わったから「エネルギー消費」という概念が生じるのである。

そこで東京大学の堤敦司氏は「超燃焼技術」というエネルギー利用法を提案している。「燃焼」というエクセルギー損失の大きな過程を避ける、あるいは燃焼させてもエクセルギー損失が出来るだけ起こらない技術を用いることにより、エネルギーを有効利用しようというのである。

http://www.energy.iis.u-tokyo.ac.jp/tsutsumi/20100510.pdf に具体的な超燃焼技術の分類がある。

それによると、超燃焼技術大まかに「燃料を消費せずに熱を得る方法」「燃料を用いつつもエクセルギー損失を低減する方法」の2種類に分けられる。

まず、「燃料を消費せずに熱を得る方法」であるが、それには(1) 余剰熱源、未利用熱の利用 (2) 自己熱を再生し利用 (3) 発熱反応の反応熱を利用 がある。

(1) 「余剰熱源、未利用熱の利用」 は具体的にはヒートポンプ、(2) 「自己熱を再生し利用」には自己熱再生、(3) 発熱反応の反応熱を利用にはコプロダクションがある。

次に「燃料を用いつつもエクセルギー損失を低減する方法」には I) 燃焼によらない熱エネルギーへの変換 II) 燃焼におけるエクセルギー損失を低減する方法 がある。これらは、具体的にはI-1) 反応の自由エネルギー変化分を仕事として取り出す I-2) 燃料からよりエクセルギー率の高い化学品を合成 II-1) 反応場の濃度を制御 II-2) 排熱を回収し余熱に利用 II-3) 反応分割により水素リッチガスにして燃焼 II-4) 反応分割によるサイクル反応の利用 がある。

堤敦司氏は東京大学卒業生と共同で「エクセルギー・パワー・システムズ株式会社」というベンチャー企業を立ち上げており、現時点では「ハイブリッド水素電池」と「次世代水素製造システム」を開発、製造している。

エクセルギー・パワー・システムズ社は、今後、燃焼を行わないエネルギー変換技術を開発することを主目的としている。

今後は、堤敦司氏とエクセルギー・パワー・システムズ社についての情報を収集し、分かりやすく解説して行きたい。

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真に実在するのは何であるか

デカルトは方法論的懐疑によってあらゆるものを疑い、この世界すら仮想現実ではないかと仮定した。

もちろん、この世界は仮想現実ではなく、本当に存在するものかも知れない。しかし、この世界が本当に存在する世界なのか、仮想現実であるのか、我々に知る手段はない。

デカルトの場合、この世界が仮想現実であったとしても、唯一疑えないものは「疑っている自分がいる」という感覚だった。

しかし、エックハルト・トールによると、「疑っている自分がいる」というのは「第一義的な誤り」である。

エックハルト・トールは「自分が考えていることに気づいたとき、気づいている意識はその思考の一部ではない。別の次元の意識だ」というのが真理であると考える。

エックハルト・トールの説が本当ならば、この世に存在する疑い得ないものは何であるのか?

「自分が考えていることに気づく、その気づいている別の次元の意識」というのが、この世に存在する唯一疑い得ない存在ということになるのだろうか。

あるいは、エックハルト・トールは「この世界が仮想現実かも知れない」という想定は考慮せず、この世界が確実に存在することを前提に思考を進めているのだろうか(その場合、「真に実在するのは何であるか」という問いは生じない。全てが実在するのだから)。

僕個人の経験では、この世界が仮想現実であるか、本当にリアルな世界であるかについては、判断出来ない。どちらの可能性もあるというしか言いようがない。

また、僕個人の経験では「僕自身」が何者であるかは、全く分からない。

ただ、真に実在するのは「神」ではないか、と最近考え始めた。この世界が仮想現実であろうと、この世界が実在しようと、真の世界の根源は「神」と考えるのが最も僕自身の経験上、整合性のとれる考え方である。

エックハルト・トールは真に実在するのものが何であるのかは、明らかに書いていない但し、彼は「大いなる存在」「別の次元の意識」という表現を用いており、それらが神と何らかの関係があることは仄めかされている。

僕はもちろん、現在の世の中においては無神論の方が優勢であることを良く理解している。そして、「この世界は実在し、かつ神など居ない」というのが主流の考え方であることも理解している。

しかし、この世界が実在する場合、その究極の原因は何なのだろうか?物理学者はこの問いに答えるべく、素粒子物理学や宇宙論に取り組んできた。

その中でひとつ感覚的に理解出来ない物理学の分野が開拓されたのである。それが量子力学である。これだけは、普通の人間の感覚では全く理解不可能である。

そして、この量子力学的な考えを用いて我々の意識の正体を解明しようとする科学者が現れた。

こうした、素粒子物理学・宇宙論・量子力学を組み合わせて真に実在するのは何であるかを探究するのが科学的な考え方である。

しかし、僕の予想するに、どこかで神を持ち出さなければこの世の仕組み(例えば、生物の発生)を説明出来ない事態が将来、生じるだろう。

その時、存在の根源としての神の概念に再び戻らざるを得なくなると想像している。

なお、「この世はコンピューターの作り上げた仮想現実である」という見解もある。この場合、真に実在するものは何もなく、全てはコンピューターシミュレーションのようなものだという事になる。

この「コンピューターの作り上げた仮想現実」を取ると、神の概念は不要になるかも知れない。しかし、その場合「コンピューターを造ったのは何者か」という新たな問題が生じ、結局、やはり宇宙の究極的な存在の問題に行き付かざるを得ないと考えられるのである。

僕は幸運にも神を体験する機会を与えられた。このため、有神論から無神論に行き付き、また有神論に戻るという道草を食わずに済むことになった。この幸運に感謝し、「真に存在するのは何であるか」という問題を考え続けて行きたい。

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現在の国際関係が世界平和とは程遠い状態であることについて

目下、北朝鮮が核ミサイル開発を進めている。

この核ミサイル開発は、この先止まる見込みがなさそうに見える。

このまま、アメリカと軍事衝突するところまで突き進むのだろうか?

もし、軍事衝突に至れば、韓国・北朝鮮・日本に多大な犠牲者が出る可能性がある。

軍事衝突により北朝鮮が負けて強制的に韓国との統一がなされるのだろうか?それに中国が同意するのだろうか?

この問題は、根本には東アジアの政治が遅れているという原因がある。

まずは中国という共産党独裁国家があり、北朝鮮は中国の衛星国であると捉えることが出来る。過去におけるソ連と東ヨーロッパの共産主義国家の関係と同様であると考えられる。

東ドイツと西ドイツが統一したのと異なり、北朝鮮と韓国が統一しないのは基本的には東アジアの政治が遅れているからである。

問題は、東アジアの政治はいつまでも遅れたままなのか、という点である。

いつの日か、北朝鮮が民主化し、韓国と統一されるのだろうか?現状を見る限り、そのような明るい未来は見えにくい。

東アジアにおける軍事緊張の大きな原因が中国の共産党独裁である。ここがボトルネックになり、東アジアは政治的に遅れた状態が続いているのである。

したがって、まずは中国の民主化が大きなカギとなる。

中国が民主化するとアメリカと中国の対立は緩和され、アメリカと中国の軍事的緩衝地帯となっている北朝鮮が韓国と統一されやすくなる。また、中国の民主化は北朝鮮の民主化を促進するだろう(ただし、ベラルーシのように東欧でも民主化の進まない国もあるので必ず民主化が進むとは限らないが)。

しかし、現状を見る限り、中国の民主化も北朝鮮の民主化も全く兆しが見られない。

このあたりが東アジアの政治の限界なのだろうか?それとも、今後、何か変化が訪れるのだろうか?

バハイ教の教義では、世界はひとつの国にならなければならない(その前段階として世界が連邦国家にならなければならない、とされる)。

科学技術がこれだけ進歩したのに、政治的に遅れた国家が多いのは何かおかしいのである(先進国の商品のかなりの部分が政治的に遅れた中国で生産されている、というのもおかしいのである)。

インターネットの発展が世界を結び付けるどころか、ネット右翼を量産するのも何かおかしいのである。

この問題(世界の平和的統合)の問題は、人類の夢であり、それに向けて少しずつ国家間の関係を良くしていく義務は、神から与えられた我々の任務なのである。

そのために、第一歩として何をしなければならないのだろうか?

バハイ教では「国際共通補助語の創設」があり、エスペラントや英語の語学教育を推奨しているが、言語的統一だけで世界の平和的統合がなされるとは限らない。

とにかく、世界の平和的統合に向けて、何か根本的に抜けているものがあると僕は考える。

それが何であるか、考えて行きたい。

追記
世界の宗教的統一というのは、ひとつの方法論だと思うが、近代国家では信教は自由で何を信じても良いから、宗教的統一というのは無理である。また、「宗教は違っても共通する神を信じている」というのがバハイ教の考え方であるが、その考えだけで平和になるとは限らない(イスラム教ではユダヤ教・キリスト教と同じ神を信じていると教えられているが、それでも平和はもたらされていない)。

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2030年以前のCO2削減はどうするか

以前にも述べた問題であるが、地球温暖化防止は、今後20–30年以内の対策が大きな意味を持つ。該当するwikipedia記事を引用する。

(以下、引用 https://ja.wikipedia.org/wiki/地球温暖化

(前略)
一度環境中に増えた二酸化炭素などの長寿命な温室効果ガスは、能動的に固定しない限り、約100年間(5年–200年)にわたって地球全体の気候や海水に影響を及ぼし続けるため、今後20–30年以内の対策が温暖化による悪影響の大小を大きく左右することになる。理解度が比較的低い要因や専門家の間でも意見が分かれる部分もあり、こうした不確実性を批判する意見も一部に存在する。ただし、AR4においてはそのような不確実性も考慮した上で結論を出しており、信頼性に関する情報として意見の一致度等も記載されている。
(後略)

(引用終わり)

今は2017年であるが、今世紀末までの気温上昇を2度以内に抑えるためには、2050年までに世界の温室効果ガス排出量を41-72%削減しなければならない。

日本政府はこれに向けて「2030年までに2013年比26%削減」という削減案を提出した。この削減目標をそのまま延長するだけでは2050年までに「今世紀末までの気温上昇を2度以内に抑える」には不十分なのであるが(2030年以降さらに加速的に削減しなければならない)、とりあえずはこの2013年比26%削減を2030年までに達成すると考えてみよう。

では、どうすればあと13年で26%削減できるのだろうか?

これについては、環境省の資料(⇒ダウンロード)に日本政府の考えが示されているのであるが、電源構成においては石油・石炭・LNGを減らし、原子力と自然エネルギーを増やすことで対応するようだ(それに省エネルギーも併せる)。

ここで問題が出る。

まず、2030年に原子力を20~22%にする事が計画されているが、それは現実的だろうか?福島原発事故後に各地の原発で廃炉・計画中止が決まっている。廃炉が決まった炉は9箇所、建設計画中止・凍結は9箇所となっているが、それで原子力の割合を20~22%にすることは容易ではないだろう(今後、運転再開の可能性のある原発は16箇所)。

次に自然エネルギーであるが、環境省の資料(⇒ダウンロード)では22~24%となっている。このうち水力が8.8~9.2%であるから、12.8~15.2%が新エネルギーということになる。そして、その内7.0%程度が太陽光、3.7.~4.6%程度がバイオマスとなっている。2015年度で太陽光発電は4%程度、バイオマスは1.5%程度であるため、自然エネルギーについては、22~24%の目標値を達成することは可能かも知れない(大規模な増加があると想定して)。

以上を考えると、やはり日本政府のエネルギー計画の弱点は原子力を福島事故前の水準に取り戻すことであり、今後、原子力発電所の再稼働を巡り、各地で反対運動が激化するなどの問題が頻発することになるだろう。つまり、「温暖化防止 vs 原子力反対」という構図が出来てしまうわけである。

故・古川和男氏がトリウム溶融塩炉「FUJI」を発明したのは1985年だから、もし日本政府がそれをバックアップしていれば、現在はトリウム溶融塩炉が実用化されており、「温暖化防止 vs 原子力反対」という対立はさほど起こらなかったと考えられる。

この点で、日本の原子力業界が故・古川和男氏を無視し続けたことは大失敗だったと言える。

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