とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

僕はなぜ宗教を信じるようになったのか

僕はもともと無神論者で、宗教を「変なもの」と考えていた。

現代社会に生きる人々のかなりの部分が同じように考えているのではないかと僕は想像する。

僕の祖父はキリスト教の牧師だったが、なぜ彼が神などというものを信じているか、全く理解不能だった。

しかし、20歳代のある頃から僕はもしかすると宗教というものが重要ではないかと考え始めた。

なぜ宗教が重要かもしれないと考え始めたか、そのきっかけになった出来事は良く覚えていない。

ただ、何となく「人間が精神性を失わないようにすること」「人生を精神性向上の場と考える」ことが、人生において重要なことで、そのために何か”精神性向上の手段”が必要ではないか、と考え始めたのである。

もし、人間が精神性(スピリチュアリティー)を失えば、人間は頭の良いサルに過ぎなくなるのではないかと考えたのである。

生物は単細胞生物から進化を始め、中枢神経系を持ち始め、そのうち大脳が発達し始め、ついに精神性を獲得したのである。

これは宇宙の摂理であり、サルから人類への進化、そして人類社会の進化にも「精神性の向上」という大きな目的が潜んでいるのではないか、と僕は推測した。この精神性の向上の手段として、宗教というものの存在価値があるのではないか、と僕は推測したのである(もっとも、無宗教者でも精神性が高まればそれで良いし、宗教者でも精神性の向上がなければ宗教の意味はないと考えた)。

そして、僕が結婚した相手は偶然に「生長の家」という新興宗教の信者だった。しかし、僕は生長の家の組織活動にはのめりこむことは出来ず(教義には賛同したのだが)、「聖使命会員」になっただけだった。

ただ、この結婚をきっかけに僕は宗教を真面目に追求し始めた。詳細は省くが、その後、色々な事が起きて、最終的には「バハイ教」という宗教の信者になることになった。

しかし、それにも関わらず、僕は「神」というものを信じることが出来なかった。精神性の向上が人生の目的であるにしても、なぜ神などというものが存在しなければならないのか、僕には分からなかった。

そこに起こったのが2012年の双極性障害の発病である。それは躁状態だったのだが、僕はその時「神が存在する」事を肌身をもって実感した。そして、日記に「自分は神の存在証明が出来る」と書いた。しかし、それは思い上がりで、神の存在証明が出来ないばかりか、その後は「神が存在する」事を再び疑い出した(結局は、自分が体験した事は精神病の作り出した妄想かも知れない、と思った)。

しかし、2017年におきた軽躁状態において、これは間違いなく神というものが存在するという確信を得た。その詳細は http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-24.html に書いたが、僕は頭の中で人間には出来ないような思考をしてしまったのである。このような思考は神にしか出来ない、だから神は存在すると僕は結論付けたわけである。

このように、僕は段階を踏んで無宗教から精神性向上の手段としての宗教へ、そして神の直接体験へと進んできた。この先、僕がさらなる神体験をするのか、後は体験ではなく自分の頭脳だけで考えていくのか、僕には分からない。

僕が知りたいのは、他にも同様の体験をした人がいるかどうかである。そして知識をシェア出来れば、神に対する理解が深まるのではないかと思っている。

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