とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

悟りの無い引き寄せはいつまでも不満を生み出し続ける

現代スピリチュアルには、大まかに分けると悟り系と引き寄せ系に分類することが出来る。

この両者はどう関係しているのだろうか?あるいは関係がないのだろうか?

僕は色々と考えたあげく、「まずは悟りが必要」という結論に達した。この結論はエックハルト・トール著「ニュー・アース」の記述から論理的に引き出されるものである。

ある人が「エゴ」に囚われている状態では、その人は自分とエゴの対象物(自分の身体、肩書、所有物、所持金額、他人からの評判)と自分を同一化してしまう。

だが、そうした欲望には際限がない、とエックハルト・トールは指摘している。彼の言うには、所有の満足は比較的薄っぺらで短命であり、そこに隠れているのは根深い不満、非充足感、「まだ充分じゃない」という思いである。

何かをもっているという概念は、エゴが自分に堅実性と恒常性を与え、自分を際立たせ、特別な存在にするために作り出したフィクションである。だが、所有を通じて自分を発見することは不可能だから、その奥にはエゴの構造につきものの「もっと必要だ」というさらに強力な衝動が存在する。

したがって、この悪循環(もっと欲しい)を断ち切るのは、モノに自分を見出そうとするのを止める事である。

近代消費社会は、この悪循環(もっと欲しい)を利用して経済発展をして来た。その結果が地球環境問題という人類絶滅の危機である。したがって、エゴの構造は速やかに解体されなければならないのである。

ここに引き寄せの法則の弱点がある。アメリカの例では、上位1%の人々が約40%の金融資産を保有しているが、これは引き寄せに成功した人が「もっと欲しい」を追及した結果ではないだろうか?そしてその上位1%の人々はまだ満足していないのである。

例えば、とある人が会社の社長に上り詰めたとしよう。その人はライバル会社を蹴落として自分の会社をもっと大きくすることを考えたり、政治家等を目指してさらなる地位の上昇を望んだりする。「資本主義とはそういうものだ」と言われれば、それはその通りなのであるが、そろそろエゴの構造を解体すべき時代になっているのではないだろうか?

ここに悟り系スピリチュアリズムの出番がある。引き寄せの法則はエゴを克服することを前提として成し遂げなければ、いつまでも更なる引き寄せにこだわり続ける結末に行きつくのである。

したがって、「まずは悟りが必要」(少なくともエゴの構造の解体が必要)という結論に行きついたわけである。これを考えると、僕自身も悟りを目指す必要があるわけであるが、どうすれば悟りの境地に辿りつけるのだろうか?今後は、これについて考察していくことにしたい。

ブロクランキングに参加しています。
ぜひ『ぽちっ』と押してやってください。
   ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

関連記事
スポンサーサイト

PageTop