とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

善意から出たウソもスピリチュアリズムでは許されないのか?

僕は3月29日の日記『スピリチュアルの分野では「ウソをつかないこと」が重要」』に以下のような事を書いた。

(以下、引用 http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-4.html

スピリチュアルや心霊の事を書いた本やブログ、またその種のものを扱ったテレビ番組は数多くあります。また、霊能者を名乗る人も数多くいます。

ただ、それらを書いたり言ったりしている人にどれだけ本当の事を言っている人がいるのでしょうか?

これは僕の勝手な想像かも知れませんが、恐らくはそれをネタにするとお金になるから、という理由で適当にウソを言っている人が多いのではないでしょうか?

(中略)

でも、スピリチュアルや心霊を語る人がウソを言っていると、本当の事は分からなくなります。

だから、スピリチュアルの世界では、科学の世界と同様に、皆が本当の事を言わなければなりません。それが無い限りスピリチュアルの世界に進歩はありません。いつまでも同じところに留まっているだけになります。
(後略)

(引用終わり)

僕は、上記の記事を書いている時、「これがスピリチュアリズムにおける正しい態度」と確信していた。

しかし、その確信が揺らぎ始めたのだ。

というのは、「善意から出たウソ」もスピリチュアリズムにおいて許されないのか?という問題が起こるからである。

例えば、病気でもう余命いくばくもない人がいるとしよう。そこで、その人に「人間の魂は永遠に生き続けるから、安心して死んでも良いのですよ」とある人が出まかせのウソを言ったとする。これは悪いことなのだろうか?(なお、僕個人は死後の世界があるか、まだ確信が持てていない)

あるいは、昔から信じられてきた「善行を行った人は天国に行き、悪行を行った人は地獄に落ちる」というのは、何の確証も得られていない一種の盲信(ウソと言えないこともない)であるのだが、それは人々が善行を行う方向に社会を導いていたのではないだろうか?そして、科学の発展により、そうした善行を行う信心深い人々が少なくなってしまったという面もあるのだ。

こういう事を考えていると、「スピリチュアリズムにおいては、ウソを言ってはいけない」という僕の確信が揺らぎ始めてくるのである。

そうなると「スピリチュアルや心霊の事を書いた本やブログ、またその種のものを扱ったテレビ番組は数多くあります。また、霊能者を名乗る人も数多くいます。」ということについても、全て悪いとも言えなくなる。

しかし、だからと言って「スピリチュアリズムの世界ではウソを言っても良い」という事にはならないのである。

哲学者カントは「良い動機」にもとづく行為こそが道徳的な行為であると考えた。以下にカントの考えの一部を引用する。

(以下、引用 http://qlomaga.com/ethics/ethics-kant-01/

カントによれば、「善意志」は、”意志することによって善い”つまり”それ自体で善い”ものである。そして「善意志」は、あらゆる手立てを尽くして最善の結果をもたらそうとするが、たとえば当人の能力不足や外的要因にとって思わしくない結果に終わろうとも、「善意志」の良さは決して失わわれることはないという。

(引用終了)

カントの考え方に基づけば、「善意志にもとづいたものであれば、多少怪しげなスピリチュアリズムの解説も許される」ということになるのではないのか?

そうなると、「僕の勝手な想像かも知れませんが、恐らくはそれをネタにするとお金になるから、という理由で適当にウソを言っている人が多いのではないでしょうか?」という3月29日時点における僕の考え方にも間違いがあるかも知れないことになる。

そもそも、他人を批判して良い気分になることはない。他人の言動は、良い部分は評価して、悪い部分はスルーする方が批評する側にとっても批評される側にとっても良いのではないだろうか?また、その方が他人の行動を良い方向に導く効果があると僕は感じ始めた。

なお、僕が信仰しているバハイ教においては、「人の陰口を言ってはいけない」という倫理規範がある。したがって、僕はバハイ教徒として、このブログ上で他人の陰口を言ってはいけないのである(しかし、それは「言うに易し、行うのに難し」である)。

このため、他人を批判する時は陰口ではなく、面と向かって批判する必要があるのである。しかし、面と向かって批判する際にも倫理規範がある。それは以下のようなものである。

(以下、引用 http://www.goodreads.com/quotes/70007-beautify-your-tongues-o-people-with-truthfulness-and-adorn-your

“Beautify your tongues, O people, with truthfulness, and adorn your souls with the ornament of honesty. Beware, O people, that ye deal not treacherously with any one.”

(引用おわり)

上記の英文は難しい表現で、僕には正確に翻訳することは出来ない。ただ一つ言えることは「他人を批判する」際には「美しい言葉で、正直に語ること、そしてそれを通して魂を向上させること」が必要である、ということである。

以上、『スピリチュアルの分野では「ウソをつかないこと」が重要」』について、色々と考察して来たが、一体、結論は何なのだろうか?結局は堂々巡りなのだろうか?

ただ、「僕個人はウソを付かない努力をする」「他人を批判する際は、陰口ではなく、面と向かって美しい言葉で批判すること」という結論は倫理的に見て正しい行動であるように思う(あくまで、僕の主観に過ぎないが)。

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