とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

文明の生態史観と神の意志

梅棹忠夫著「文明の生態史観」という本がある(https://www.amazon.co.jp/文明の生態史観)。

初版は1967年(論文自体は1957年の「中央公論」に掲載)だから、もう古典の部類に入る本であるが、そこで示された文明の発展の理論は、今日でも多くの日本人に支持されている。

梅棹忠夫氏の文明の発展の理論で特徴的な点は、現代でも見られる「西洋と東洋」という枠組みによって世界を区分することを否定し、「第一地域」「第二地域」という区分で文明を説明している点である。以下ではhttps://ja.wikipedia.org/wiki/文明の生態史観 を要約し、それに僕独自の解釈を付け加える。

梅棹忠夫氏は、西ヨーロッパと日本は第一地域に属し、その間をなす、広大な大陸部分を第二地域と見なした。日本を地理的な座標で考えれば確かに東アジアに属するが、日本の文明を考えると特異に高度化した文明で東洋という枠組みにはおさまらない。そこで、どの程度発展した文明国であるかということを主軸に世界に第一地域、第二地域という名称を与え、大きく二つに分けるのである。

第一地域は、第二地域の古代文明や帝国にとって辺境の存在であった。第一地域は第二地域の文化を吸収し、国家を作りはじめる。第一地域ではその後、封建制が成立していった。また、第一地域は辺境の地域に位置していため、第二地域が砂漠の民に脅かされる危険がない。これらの好条件が文明内部からの変革を起こさせるのである。

第二地域では古代文明が発達したり、巨大で力をもった帝国が成立したりする。それらは何度も成立と崩壊を繰り返してきた。中国の数々の帝国やイスラム帝国がそれである。そこでの専制帝国にも類似点は多い。壮大な宮廷や、非常に大きな領土、複雑な民族関係、辺境の存在、衛星国をもつことなどである。また、第二地域の中では乾燥地帯があり、そこには高い武力をもった遊牧民が出現し、それが文明や帝国を襲う。そのため、高度な政治体制を築けない。

第二地域においては早い時期で巨大な帝国が成立するが、それは制度などの問題を抱え、没落していくという。逆にその周縁に位置する第一地域においては気候が温暖で、外部からの攻撃を受けにくいなど、環境が安定しているため、第二地域より発展が遅いものの第二地域から文化を輸入することによって、安定的で高度な社会を形成できるとした。

この梅棹忠夫氏の理論は、生態学の考え方を文明に適用したものである。つまり、裸地に草が生えて野原になり、そのうちに木が生えてきて、いつの間にか森林になり、最後には「極相林」と言われる安定した森林になる、という生態学の考え方を人類社会に適用している。これは「遷移(サクセッション)」と呼ばれる。

ここで問題となるのは、人類社会が何の力で遷移して行くかという事である。植物の場合は物理的な力で遷移が起こると考えて問題ないが、人類社会の遷移はそうは行かない。原始社会から始まった人類社会がついに民主主義を手に入れる過程は、物理的な力でもたらされたと考えるのには無理がある。何か、人間の脳内に存在する精神性向上への欲求(≒神に近づきたい欲求)が社会の遷移を引き起こしたと考える方が説明しやすいのではないだろうか。

また、こうした人類社会の発展はいつまでも続いて、究極的には理想的な社会が出来上がるのか、あるいは現状程度で発展がストップしてしまうのかも知りたいところである。また、第二地域における社会の発展はどうなってしまうのだろうか。

現状を観察する限り、第二地域ではイスラム国の問題、北朝鮮の問題、ロシアにおける民主主義の後退の問題、中国がいつまでも民主化されない問題、韓国の反日問題と問題は山積みである。一方で第一地域(西ヨーロッパと日本)においてもナショナリズムの台頭など不気味な問題がある。

科学技術の目覚ましい発展に対する社会運営能力の欠如、これは人類が出来損ないの生物に過ぎないということなのだろうか。しかし、もしそうだとすると、神はそのような出来損ない生物をなぜ作ったのだろうか。あるいは、現生人類は進化の途上にある種で、現生人類が滅びた後に、より完全な生物が出来るかも知れない(エックハルト・トール著『ニュー・アース』にはそのような記述もある)。

バハイ教的に考えると、まずは第一地域が理想社会を形成し、その後に第二地域にも理想社会が広がって行くのが人類の進化の道であると考えらるが、その過程には紆余曲折があるようだ。世界大戦、核兵器問題、地球温暖化問題など問題は山積みであり、それらが全て解決されるのは遠い未来なのかも知れない(但し、温暖化問題については、本ブログで述べて来たように、ここ20~30年での排出削減が決定的である)。

ただ、神の存在を体験した僕の考えでは、神はそうやすやすと人類を見離すことはないように思う。バハイ教の教える社会(世界がひとつの国になる)がいずれは実現するのではないか、と僕は予想している(疑いが全くないわけではないが)。

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憲法9条は未来に世界全体が持つ憲法である

最近、憲法改正を巡る議論がかまびすしい。

特に、安全保障を巡って、「自衛隊を持てる」ことを憲法に明記せよという意見が大々的に論じられている。また、自民党の憲法改正案では自衛隊が「国防軍」にまで格上げされている。

確かに、中国軍が尖閣諸島や沖縄に攻めて来たら、国防軍による領土保全が必要になる、というのは常識的に考えるとそれほどおかしくないように思える。

世界的に見ると、政情不安定なのは中東・東ヨーロッパ・東アジアであり、日本はその政情不安定な地域に含まれているのである。

しかし、これを神の視点で捉えればどうなるのだろうか?

いつまでも領土紛争と殺戮を止めない現生人類を見ると、「もうお前らを助けてやることなど止めた。お前らは過去に滅びた生物種と同様に滅びれば良い」と呆れかえるのではないだろうか?第二次世界大戦であれほどの悲惨な結末となった日本と中国が、また同様の事を繰り返すというのは、神の心にかなった行為ではないだろう。

では、どうすれば良いのか?

まず、具体的な戦略として目標にするべき事は「新エネルギー技術において日本が世界のイニシアティブを取る」という事である。これはかなり現実的な目標である(少なくとも、現時点では世界の他の国をリードしている技術分野が多い)。

中国はそもそも内部分裂の危機を抱えた国である。現在の中国が一国の形を形成しているのは経済成長率が高いからで、もし低経済成長に移行すれば、沿岸部の省が独立を主張しはじめるだろう(この見解は、「影のCIA」と言われる米国Stratforの見解である。中国沿岸部で得られた大量の資金が内陸部の貧しい地域に分配されて辛うじて一国の形を形成している)。

そして、中国の経済成長のカギを握るのがエネルギー問題なのである。地球温暖化対策としての新エネルギー技術を日本が押さえていれば、中国はそう簡単には日本に手を出せなくなる(せいぜい尖閣諸島の領有権主張くらいで、それも上陸軍を送ってくるのは難しくなるだろう)。日本との国交が正常ではなくなると、エネルギー問題(さらには経済成長問題)において自分の首を絞めることになるからである。

「新エネルギー技術において日本が世界のイニシアティブを取る」ために、まず必要な事は、現在進められている高速増殖炉と核燃料サイクルの予算(実はこれが異常なまでに大きい予算となっている)を大幅に削減し、それをhttp://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-22.html で紹介した加速器駆動未臨界炉、 http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-30.html で紹介したトリウム溶融塩原子炉、 http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-11.html で紹介したエネルギー消費を1/10に減らす技術に回すことである。これまで高速増殖炉と核燃料サイクルの開発で得た技術はトリウムサイクルの確立に応用可能であるから、高速増殖炉と核燃料サイクルの産官学共同体を何とか説き伏せることにまずはエネルギーを集中するのである。

新エネルギー技術において日本が世界のイニシアティブを取ることが出来れば、日本と中国の軍事摩擦は次第に減少して行くことになるだろう(だが、実を言うと中国も新エネルギー技術でイニシアティブを得ようと大々的な投資を行っており、それが実現すると逆に日本が中国に屈服させられることになる)。

中国・北朝鮮問題で世論が右傾化している中、憲法9条をこのままの形で残すのはかなりハードルが高い。しかし、神の視点から見ると、現在の憲法9条は、本来なら世界の全ての国々が導入すべき条項なのである。

世界で軍備を持てるのは「国際連合軍のみ」というのがバハイ教の基本的な考えである。人類はこの理想に向けて、まずは日本国憲法9条を世界に広めていかねばならない。

仮に一旦、「自衛軍」が憲法に追加されたとしても、将来的にはアメリカからの押し付けではなく、自主的に「軍備の撤廃」を憲法に明記する事が神の目にかなった日本の憲法のあるべき姿なのである。

そして、究極的には国際連合軍もない、軍隊のない世界を目指すのが神の目にかなった人類社会の進化の方向性である。これはリアリズムからは容易に(世界はそんな簡単には変わらないと)批判出来るが、神を知る者の間ではそう簡単には批判出来ないものである。

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