記事一覧

「我思う」を巡るデカルト vs エックハルト・トールの議論は決着していない

ここ一週間ほど、ブログの更新が滞っていた。その理由は色々あるが(単に忙しかった等も含め)、大きな理由はブログの更新を日課にすると、内容が薄まったり、ついつい安易な結論に陥ることだ(例えば、引き寄せの法則を量子力学で説明するなど)。これは僕の本意ではない。僕はバハイ教徒である(ついうっかり、それを忘れてしまう事がある)。僕は真理を探求したいのだ。ただ記事を量産するばかりでは真理の探求からどんどん離れ...

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アーサー・ケストラーの人間欠陥論とエックハルト・トールの人間欠陥論

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-70.html において、僕は万物の霊長である人類が精神的に欠陥を持っていることについて書いた。エックハルト・トールが言うには、ほとんどの人間の「ふつうの」精神状態には機能不全、もっと言えば狂気と呼べるような強力な要素が含まれている。この機能不全をエックハルト・トールは「エゴ」という言葉で表している。彼の著書「ニュー・アース」においてはかなりの部分がエゴに関する記...

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人間は欠陥生物なのか?

生物学では人類は霊長類として生物進化の最先端にある存在とされる。霊長とは「霊妙な力を備えていて、他の中で最もすぐれているもの」を意味する。英語において霊長類を意味する単語は「Primates」であり、その語源primeは「最高位」を意味する。要するに我々人類は地球で最高の存在とされるのである。しかし、その地球で最高の存在であるはずの人類は、古来より戦争つまり集団同士の殺し合いに明け暮れて来たのである。そして、2...

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真に実在するのは何であるか

デカルトは方法論的懐疑によってあらゆるものを疑い、この世界すら仮想現実ではないかと仮定した。もちろん、この世界は仮想現実ではなく、本当に存在するものかも知れない。しかし、この世界が本当に存在する世界なのか、仮想現実であるのか、我々に知る手段はない。デカルトの場合、この世界が仮想現実であったとしても、唯一疑えないものは「疑っている自分がいる」という感覚だった。しかし、エックハルト・トールによると、「...

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この世に真なる命題はあるのか?

命題とは、論理学において判断を言語で表したもので、真または偽という性質をもつもののことを言う。また、数学で真偽の判断の対象となる文章または式も命題である。伝統的論理学において、命題は以下の3種類の分類される。(a) 全称命題 「すべてのSはPである」(b) 特称命題 「あるSはPである」(c) 単称命題 (特定の個体である主語に論及するもの)(例)「プラトンは哲学者である」しかし、デカルトの方法的懐疑を適用すれば、...

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僕達は皆、妄想の世界に生きている(1)

昨日の日記 http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-63.html にはトランプ大統領が主観と偏見の強い人である、と書いた。しかし、これはトランプ大統領だけでななく、我々皆に当てはまることなのである。つまり、我々は皆、主観の世界に生きており、偏見を持っているのである。極端な表現で言うと、「我々は皆、妄想の世界に生きている」と言う事が出来る。そして、インターネットはその「妄想の世界」を拡張していると僕は思...

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地球温暖化防止には、引き寄せの法則を使えば良いのでは?

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-28.html において僕は、引き寄せの法則と地球温暖化防止について考察し、「人類全員が引き寄せにより豊かな生活を送るようになったとしたら、二酸化炭素がどんどん排出されて地球環境が壊滅的なダメージを受けてしまうのではないだろうか?」という問題提起をした。しかし、僕は上記の日記の中で重要な点を思いつかないでいた。それは、「地球温暖化が解決された世界を引き寄せれば良い...

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この世が仮想現実であれば、地球温暖化は何なのか?(2)

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-56.html において、この世が仮想現実であれば、地球温暖化は何なのかというテーマで僕は日記を書いた。そして、この世が仮想現実であっても我々にとって地球温暖化問題は深刻な問題であると結論した。また、仮想現実を作り出しているのは神であると考えられることから、その神は解決不可能な問題は与えないと結論した。むしろ、地球環境問題を解決することにより素晴らしい未来が人類に...

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バハイ教徒の僕がなぜスピリチュアリズムの世界に足を踏み入れるのか?

宗教の信徒は通常、その人が所属する宗教・宗派の経典のみを頼りに自らの世界観を築くものである。その考えを僕にあてはめると、僕はバハイ教徒であるから、バハイ教の経典のみから自らの世界観を築くべしということになる。しかし、僕はエックハルト・トールを中心としたスピリチュアリズムからも自らの世界観を築こうとしている。この僕の行為はバハイ教に背くものかというと、僕はそうは考えていない。その根拠は、バハイ教の教...

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デカルトはこの世を仮想現実と考えていた?

「我思う、ゆえに我あり」という命題で有名なデカルトであるが、この命題は「方法的懐疑」という思考から導き出されたものである。この「我思う、ゆえに我あり」から神の存在証明に辿りつく論考は「神の存在、及び人間の霊魂と肉体との区別を論証する、第一哲学についての省察」という書名の本として青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/001029/files/43291_21543.html で読むことが出来る。僕もこの論考を少し読んでみたのだ...

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プロフィール

都 雄次

Author:都 雄次
専門はエネルギー経済の数値シミュレーションです。バハイ教という日本ではあまり知られていない宗教の信徒です。バハイ教はイランで発祥した宗教ですが、「人間はすべてひとつの地球家族に属する」「科学と宗教の調和」「男女の同等性」という先進的な教義を持っています。本日記では社会科学と宗教哲学を用いて地球環境問題と人間の心の問題を論じます。

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