とあるバハイ教徒の日記:第二支部

神の存在証明と地球温暖化防止

パリ協定は地球温暖化を解決するか(1)

パリ協定は、第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)が開催されたパリにおいて、2015年12月12日に採択された、気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定である。

気候変動抑制に関する多国間の協定は、1997年に採択された京都議定書に続いて2つ目の協定であるが、京都議定書が先進国の間だけの協定であったのに対し、パリ協定は途上国も含めほぼ全世界の国々が参加する協定であることに違いがある。

パリ協定の内容は、『産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑え、さらに平均気温上昇「1.5度未満」を目指す』というものである。

実際、2度以上の気温上昇が生じれば生物種の大量絶滅などが起こると予想されており、「平均気温上昇2度未満」は人類が選択せざるを得ない目標値である。

問題は、各国がどのようにCO2を削減するかであるが、京都議定書が1990年比の削減量で統一し、削減量未達成の場合に罰則規定が存在するのに比べ、パリ協定では各国の目標は各国自らが定める「各国提案方式」がとられており、また削減量未達成時の罰則規定も無い。

以下に各国の目標値を示す。

<先進国>
米国: 2025年に-26%~-28%(2005年比)。28%削減に向けて最大限取り組む。
EU:  2030年に少なくとも-40%(1990年比)
ロシア:2030年に-25~-30%(1990年比)が長期目標となり得る
日本: 2030年度に2013年度比-26.0%(2005年度比-25.4%)
カナダ:2030年に-30%(2005年比)
オーストラリア: 2030年までに-26~28%(2005年比)
スイス: 2030年に-50%(1990年比)
ノルウェー:2030年に少なくとも-40%(1990年比)
ニュージーランド:2030年に-30%(2005年比)

<途上国>
中国: 2030年までにGDP当たりCO2排出量-60~-65%(2005年比) 。2030年前後にCO2排出量のピーク
インド: 2030年までにGDP当たり排出量-33~-35%(2005年比)。
インドネシア: 2030年までに-29%(BAU比)
ブラジル: 2025年までに-37%(2005年比) (2030年までに-43%(2005年比))
韓国: 2030年までに-37%(BAU比)
南アフリカ: 2020年から2025年にピークを迎え、10年程度横ばいの後、減少に向かう排出経路を辿る。2025年及び2030年に398~614百万トン(CO2換算)(参考:2010年排出量は487百万トン(IEA推計))

これらの削減目標を見ると、途上国の削減目標が甘いことが分かる(例えば、中国やインドのGDP当たりCO2排出量は先進国より遥かに大きい)。これは経済発展が優先されているからであり、CO2削減は二の次であるからである。

上記における各国の削減目標値は2030年が概ね目標年になっているが、これらの削減目標が達成出来たとして、『産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑え、さらに平均気温上昇「1.5度未満」を目指す』ことは可能なのだろうか?

これについては、過去に一度引用した経団連系のシンクタンク「21世紀政策研究所」の報告書から少しは読み取ることが出来る。

(以下、引用 http://www.21ppi.org/pdf/thesis/160311.pdf

(p.10) 2050 年 80%減のマグニチュードを考えてみよう。2030 年の 26%目標を達成するためには、現在から温室効果ガス排出量を年率 1.6%で削減しなければならない。そこから 2050年に 90 年比 8 割減を達成するためには 2030 年~2050 年に年率 7%近い排出削減が必要となる。2030 年目標は省エネ、原子力、再エネいずれの面でも非常にハードルの高いものであるが、一挙にその 4 倍以上のスピードで排出削減をせねばならないのである。2013 年度を基準年としても、2030 年度から 2050 年度にかけては、年率▲6.50%削減が必要となる。

(引用終わり)

このように、2030年~2050年では日本だけで考えてみても常識では考えられないような大きなCO2削減が必要とされるのである
(なお、2050年度に80%減という目標値は主要先進国で支持されている値であり、日本でも環境省はこれを支持している)。

正直なところ、日本が目標値と掲げる2030年における2013年度比-26.0%削減というのは厳しい値であるし、2030年~2050年に年率6.5%削減というのは常識的に見て無理である。

しかも、日本だけでなく世界中の国々がこのような厳しいCO2排出削減をするというのは夢物語ではないだろうか?

しかし、そうした夢物語のような厳しいCO2排出削減をしなければ、地球は壊滅的なダメージを受けてしまうのである。

この矛盾は解決されるのか、あるいは解決されずに地球が壊滅的なダメージを受けるのかについては、また日を改めて考察してみたい。

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新型原子炉AP1000について:その2:東芝の経営危機問題

新型原子炉AP1000について、少し動きが出たので書いてみる。

なぜ、原子力(それもトリウム炉ではない)に僕が注目しているかというと、2030年以前におけるCO2削減は原子力か天然ガスくらいしかオプションがないからだ(太陽光や風力もあるのだが、エネルギー供給量と供給の安定性に問題がある)。

ウェスチングハウス社のAP1000は、静的安定性という設計概念により電源喪失時にもメルトダウンを起こさないとされているのも僕がこの原子炉に注目する理由である(あくまでも設計上安全とされているだけで、運用時にも本当に安全かどうかは分からないが)。

なお、東芝によるAP1000についての解説は https://www.toshiba.co.jp/nuclearenergy/kangaeru/iec-pa7.htm にある(解説動画もある)。

この新型炉についての動向は既に、http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-14.html にまとめた。

「新型原子炉AP1000について:その1」にまとめた東芝の経営危機については、まだ継続している。

最新のニュースでは、東芝は上場廃止の恐れもあるとされている。この経営危機の全ての原因はAP1000の建設の遅れによる巨額損失にある。

東芝は半導体事業を「東芝メモリ」という子会社にして、それを売却することによる利益により、この巨額損失を埋め合わせる方針を立てていた。

しかし、この「子会社化→売却」という東芝の方針に米ウエスタンデジタル社が反発して「東芝による分社化・売却は契約違反である」と主張し、株式取得に向けて独占交渉権を要求した。

そのウエスタンデジタル社の主張に対し、東芝は「ウエスタンデジタル社が妨害行為をしている」としているとして、妨害行為差し止めの仮処分と1200億円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。

このように、東芝の半導体事業売却は混沌としており、どういう結末になるか全く先が読めない。

なお、東芝が今年5月19日に実施した2次入札には、政府系ファンドの産業革新機構を軸とする「日米連合」・台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業・米半導体大手ブロードコム・韓国の半導体大手SKハイニックスの4陣営が応札している。

そして、仮に半導体事業の売却が上手く行き、AP1000の建設の遅れによる巨額損失を何とか埋め合わせられたとしても、その後にAP1000建設でさらに巨大損失が出る可能性もありうる。そうなれば、東芝は倒産するしかなくなるだろう。

噂では国民的アニメ「サザエさん」の番組スポンサーから東芝が降りるのでは?という話もあったが、最近のニュースでは東芝はサザエさんのスポンサーは続ける予定であるという。

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以上では、AP1000を設計したウェスチングハウス社の親会社である東芝の動向を説明したが、次にAP1000建設の動向について書いてみる。

東芝は本年6月10日、ウェスチングハウス社が建設中のAP1000原発ボーグル3・4号機建設計画に関する親会社保証について、サザン電力に対し、3,680百万米ドル(4129億円)を2017年10月から2021年1月までの間に分割して支払うことで合意書を締結した。

2008年にウェスチングハウス社が2基のAP1000原子炉建設プロジェクトを受注した際、親会社保証契約を締結したが、今回、保証上限の金額とその支払いスケジュールについて合意した、という経緯である。

この合意に伴い、プロジェクトコストの増加等の如何なる事情を問わず、保証上限額以外の建設プロジェクト関連費用は東芝に請求されない。

また、ウェスチングハウス社とサザン電力は契約を改定した。ウェスチングハウス社は原子炉AP1000の技術提供・支援に回り、原発建設はサザン電力が引き継ぐことになった。当面は工事を続行するが、そのまま完成を目指すか断念するかは今夏中にも決定する(つまり、開発中止の可能性もあるということである)。

以上で説明したボーグル3・4号機は米国で建設中の4機のAP1000うち2機についての合意と契約改定であり、他の2機については、現在、交渉を行っている途中である。残り2機の交渉結果によっては東芝に更なる追加負担が生じる可能性もある。

いずれにせよ、原子炉の開発・建設には大きなリスクがあることがこのAP1000の事例から分かる。

当初の予定ではボーグル3・4号機は2017年・2018年は送電開始の予定だった。その予定が、現在では建設中止の可能性もあるという状況なのである。

これ以上、建設の遅れが長引けば東芝は倒産する可能性が出て来るだろう。そして、CO2を排出しないエネルギー技術としての原子力発電にも疑問符が付くことになるだろう。

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「我思う」を巡るデカルト vs エックハルト・トールの議論は決着していない

ここ一週間ほど、ブログの更新が滞っていた。

その理由は色々あるが(単に忙しかった等も含め)、大きな理由はブログの更新を日課にすると、内容が薄まったり、ついつい安易な結論に陥ることだ(例えば、引き寄せの法則を量子力学で説明するなど)。

これは僕の本意ではない。僕はバハイ教徒である(ついうっかり、それを忘れてしまう事がある)。

僕は真理を探求したいのだ。

ただ記事を量産するばかりでは真理の探求からどんどん離れて行ってしまう。これでは、このブログの存在価値がなくなってしまう。

以上を教訓として、僕はブログの更新頻度を落としつつ、一歩一歩、牛歩のごとく真理の探究をして行きたいと考えている。

さて、今回僕が問題にしたい真理の探求は、「我思う、ゆえに我あり」を巡るデカルトとエックハルトトールの主張のどちらが正しいか、というテーマである。

僕は過去の日記で単純に時代の新しいエックハルト・トールの主張を正しいと書いて来た。

しかし、時代が後の者の言うことは常に正しいのだろうか?

デカルトは慣性の法則や運動量保存則などの物理学、さらに数学でも近代学問の基礎を築いた、歴史上の大人物である。それに比べ、エックハルト・トールは歴史に残る可能性の少ない一介のスピリチュアリストに過ぎない。

デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という命題は、欠陥はあるものの、「我思う」を哲学の出発点とした点は、哲学史上における大業績であり、易々と崩せるものではない。

これに対し、エックハルト・トールは「自分が考えていることに気づいたとき、気づいている意識はその思考の一部ではなく、別の次元の意識だ」と主張する。

両者の違いはどこにあるのだろうか?

まず、「思う(考えている)」ことについては、デカルトもエックハルト・トールも違いはない。

問題は、「思う」意識にある。

「思う」意識について、デカルトは単純に「我」という意識が思うのだと考える。

それに対し、エックハルト・トールは「思う(思考する)」意識とは別に、その「思考」に気づく意識が存在すると主張する(サルトルもそう主張する)。

その根拠は、エックハルト・トールによれば、以下のような内容である。

(以下、引用 エックハルト・トール「ニュー・アース」p.64 )
あなたのなかに思考しかなければ、思考しているなんてことはわからないだろう。

自分が夢を見ているのに気づかない夢中歩行者のようなものだ。

夢を見ている人が夢のなかのすべてのイメージに自分を同一化するように、すべての思考に自分を同一化する。

多くの人々はいまもそんな夢中歩行者のように生き、古い機能不全の心の癖に囚われ、同じ悪夢のような現実をいつまでも再創造し続けている。

しかし自分が夢を見ていると気づけば、夢のなかで目覚める。

別の次元の意識が入り込む。
(引用終了)

エックハルト・トールは上記引用文の「夢を見ている」と気づく場合(明晰夢と呼ばれる)を我々の普段の思考に当てはめて、「思考している」と自分が気付く時は、その思考とは別の次元の意識が「我あり」と言うと主張する。

このように「我あり」と言う意識は考えている意識そのものか(デカルトの主張)、「我あり」と言う意識は考えている意識とは別の次元の意識なのか(エックハルト・トールの主張)、という点が、デカルトとエックハルト・トールの主張に違いになる。

この「我あり」という意識を巡ってはデカルトとエックハルト・トールの主張のどちらが正しいか、学問的にはまだ決着が付いてないようだ。

ウェブ上の情報を調べた限りでは、専門家は誰もこの問題に言及していないし、この問題を取り上げたアマチュアのブログ等でもこの問題を深く掘り下げた記事は見つからなかった。

僕も自分なりに考えてみたのだが、デカルトとエックハルト・トールのどちらが正しいか、分からないままである(「我思う、ゆえに我あり」という命題に欠陥があることは別の問題として)。

この問題を解くには、何か新しい切り口が必要だと思う(例えば、「クオリア」という切り口から考えるなど)。

僕はこの問題を考え続けるつもりなので、何かこの問題に対して新しい知見が得られれば、このブログ上で紹介して行きたい。

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明日、トリウム溶融塩炉の勉強会があります

これまで度々取り上げて来た「トリウムは溶融塩炉」ですが、明日(平成29年6月21日)に(株)トリウムテックソリューションが企画する勉強会があります。

以下は http://www.ttsinc.jp/docs/molten-salt-reactor-lecture2-170621.pdf にある宣伝文です。

(以下、転載)
次世代のエネルギー源を担う
モルテン・ソルト・リアクター
勉強会へのお誘い
~使用済み核燃料の処理ができる溶融塩炉~

世界のエネルギー政策に行き詰まりをもたらす使用済み核燃料を処理し解決できるテクノロジーは溶融塩炉です。

1965年に米国オークリッジ国立研究所で実験炉 MSRE が建設され、2年間の連続無事故運転に成功した実績をもち、原子炉の基本技術は確立されています。

2016年には米国エネルギー省が、電力会社サザンカンパ ニー 等の要請に応え、ビルゲイツ設立のテラパワー社・電力研究所・バンダービルド大学・オークリツジ國立研究所の産学官共同の溶融塩炉プロジェクトに開発費支援を決めたことを契機に、世界的に使用済み核燃料処理を目指した溶融塩炉開発の動きが起こっています。

世界の流れに取り残されないよう、みなさんとご一緒に溶融塩炉について理解を深めたいと思いますので、勉強会へのご参加の程よろしくお願い致します。



[日 時] 平成29年6月21日(水曜日)

[時 間] 16時00分受付開始、講演会17時〜19時

[場 所] 衆議院第一議員会館 B1F大会議室

[講 演]
 ① 溶融塩炉がもたらす技術革新と至近の世界動向 木下幹康(ITMSF)
 ② 溶融塩による使用済み燃料処理の技術課題 寺井隆幸(東大)

[会費・定員]資料代として1,000円(当日)・定員130名

[勉強会事務局]〒 195-0071 東京都町田市金井町 2056-47
   TEL 042-736-6960 FAX 042-736-6963
   株式会社トリウム テック ソリュ-ション 取締役会長 金子和夫

<呼びかけ人>
有馬朗人 武蔵学園学園長・理学博士、 松井一秋 エネ総工研 研究顧問
木下幹康 ITMSF 理事長(代表呼びかけ人)

<設立発起人> (以下の発起人リストはまだ暫定です)
武蔵学園学園長理学博士・有馬 朗人、 福井大学教授・有田 裕二、 京都大学名誉教授・伊藤 靖彦、 東京大学名誉教授・石野 栞、 東京工業大学教授・高橋 実、 東京大学名誉教授・山脇 道夫、 エネ総工研研究顧問・松井 一秋、 同志社大学教授・後藤 琢也、京都大学教授・宇根崎 博信、 東京工業大学名誉教授・吉田 正、 京都大学名誉教授・代谷誠治、 核融合科学研究所名誉教授・相良明男、 核融合科学研究所特任准教授・渡邉崇、福井大学名誉教授・島津洋一郎、 原子力損害賠償廃炉等支援機構理事長・山名元、 高エネルギー加速器研究機構教授・古川和朗、 東京工業大学名誉教授・藤井靖彦、 近畿大学教授・野上雅伸、 長岡技術科学大学教授・鈴木達也、 東京大学工学博士・木下幹康、 株式会社 TTS 技術統括・千葉文浩、 株式会社 TTS 代表取締役・古川 雅章、 株式会社 TTS取締役会長・金子 和夫 他

<国会議員世話人>
額賀福志郎、森 英介、山本 拓、原田義昭、三原朝彦、三ツ矢憲生、片山さつき 他
(順不同)

<企 業>
経団連、電気事業連合会、日立製作所、東芝、三菱電気、富士電機、関電工東京、トーエネック、東京エネシス、中電工、きんでん、ThorCon, US Inc.(USA)、 Terrestrial Energy Inc.(CANADA)、MOLTEX(UK)他

<省 庁>
経済産業省、文部科学省、内閣府 他

(転載終了)

省庁に内閣府や文部科学省が関わっているのが本当だとすると、日本国もトリウム溶融塩炉の導入を真剣に検討し出したと考えて良いでしょう。ただ、上がっている設立発起人や国会議員世話人、企業は単なる「サクラ」かも知れない、ということも疑って置いた方が良いかも知れません。

なぜかというと、1985年に故・古川和男氏が発表したFUJIは徹底的に冷遇されて来た過去があるからです。その代わりに極端に大きな予算が高速増殖炉の開発に注がれて来ました(なお、古川和男氏は高速増殖炉がプルトニウムを濃縮するという理由で批判的でした)。

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アーサー・ケストラーの人間欠陥論とエックハルト・トールの人間欠陥論

http://yujimiyako.blog.fc2.com/blog-entry-70.html において、僕は万物の霊長である人類が精神的に欠陥を持っていることについて書いた。

エックハルト・トールが言うには、ほとんどの人間の「ふつうの」精神状態には機能不全、もっと言えば狂気と呼べるような強力な要素が含まれている。

この機能不全をエックハルト・トールは「エゴ」という言葉で表している。

彼の著書「ニュー・アース」においてはかなりの部分がエゴに関する記述に割かれている。

この人類の機能不全を最初に見抜いたのは恐らくはブッダ(釈迦)と老子であった。彼らは「ふつうの人間存在」という集団的な悪夢から目覚めることができると指摘した。

エックハルト・トールは目下、人類が直面している危機は、科学技術の進展とそれに伴う地球生態系の破壊であるとされる。そして人類はいま、進化するか死滅するかという重大な選択を迫られている、と言う。

僕は昔、これと少し似た議論をしている本を読んだことがある。

それは、「ホロン革命」という本で著者はアーサー・ケストラーという人である。

アーサー・ケストラーは人間を欠陥生物であると主張している。ケストラーはエックハルト・トールと異なり、人間の脳の構造に問題がある、という生理的なポイントから「人類欠陥生物論」を展開している。

ケストラーによれば人間は魚類・爬虫類・下等哺乳類の脳を持っているが、理性を司る大脳皮質は、これら下等動物の脳を支配出来ず、逆に、支配されてしまうと指摘している。そのため、人間は本能的な欲望を大脳では抑えられず、思考の暴走を止められなくなってしまう(その暴走の最大級のものが世界大戦や核戦争である)。

また、大脳による思考により「自分の死の予想」を出来るようになったことと、下等な生物の脳にある死を恐れる本能のバランスが取れず、精神的に不安定になってしまい、これが人間の心を不安定にしていると指摘している。

ケストラーはこのように人間の精神は不安定であり、それが宗教や国家への無批判な服従をしてしまい、結果として戦争という悲劇を起こすのだと主張している。

ケストラーによれば、個人のエゴという自己主張傾向よりも集団への無批判な服従の方が人類にとって問題であるとする。

以上、エックハルト・トールとアーサー・ケストラーの人間欠陥論は、少しポイントが異なっており、エックハルト・トールがエゴによる環境破壊が人類を滅亡に導くとしているのに対し、アーサー・ケストラーは集団への無批判な服従が核戦争を引き起こして人類を滅亡に導くとする。

興味深いことは、エックハルト・トールもアーサー・ケストラーも共に神秘体験をしている点にある。エックハルト・トールは、「自分を見つめる別の次元の存在」を体験し、アーサー・ケストラーは「自分が消える」体験をした。

そして、エックハルト・トールは悟りによる人類の覚醒が人間の欠陥を乗り越える道であると主張し、アーサー・ケストラーは精神病の薬を人間に投与することで魚類・爬虫類・下等哺乳類の脳と、理性を司る大脳皮質とのバランスを取ることが解決策であると主張した。

そして、現在のところはエックハルト・トール、アーサー・ケストラーいずれの主張する人間の欠陥を乗り越える方法も実現の目処が立っていないのである。

結局、人間は核戦争か地球温暖化で滅びてしまうのだろうか?それとも、将来に何か人間の欠陥を乗り越える方法が見つかるのだろうか?それは「神のみぞ知る」ところなのであろう。

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